2006.10.23

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(1)

中国での5年間の生活が終わりに近づきかけた頃の物語・・・

 

三年目の夏の終わり。

電気事情により、僕の休日は水曜日だった。

つまり、皆が日曜日に休んでしまうと、日曜日には電力があまってしまい、平日は電力が足りなくなってしまうので、市内にある工場はどこも休日を市政府から指定されていた。

もっとも誰だってできることなら日曜日に休みたい。

だから平日を休みにされるのは、政府筋に力がない合弁会社ってことになる。

もっとも僕の場合、休みが水曜だろうと日曜だろうとさしてかわりはない。

当然の如く地元に友人がいないから、休日は一人である。

だが僕にとって問題なのは、平日には日本からの出張者がやってくることだった。

しかも奴らは、月曜日に日本の会社に出て、火曜日出発。水、木と現地を視察し、金曜日に帰国して土曜、日曜を休む。

流石にあちこち案内してくれなんて仕事が休日の僕にまわって来ることはないが、出張者が来て会議ともなれば、僕は出勤しなければならない。

日本はすでに週休2日だったが、中国がそうなるのはまだしばらく先の事。

しかも当時は国慶節(中国の建国記念日)と旧正月以外に休みがない。

季節により、工場が1~2週間とまる事があるが、工員はその時休めても僕は出勤しなければならない。

工場が休みになればメンテナンスがはじまるし、それに伴いメンテナンスに必要な資材の購入に関する確認とサインをしなければならないし、原料の状況を確認するために出張もしなければならない。

一度週休二日で、ゴールデンウィークやなんたらの日といった祝日がある日本と、僕の出勤状況を比べてみたら、僕の方が年間40日以上余計に働いていたということがわかりへこんだことがある。

40日以上余計に働いている上に、工場が18時間体制になれば、仕事は夜中の12時を過ぎる訳だが、経営者の端くれには当然の如く残業代なんて出ない。

まあ、それでもやってこれたのは、最初の2年間は外国人が住めるようなアパートが市内になく、ホテルにすまわせてもらったからである。

ホテルなら掃除も洗濯も会社にいる間にやっておいてくれるし、冷房やボイラーが壊れたとしてもとりあえず別の部屋を提供してくれる。

当時の中国のレストランは朝、昼、夜で営業し、間の時間は閉まってしまうが、コーヒーショップではビーフンやサンドイッチなどの軽食を注文することができたし、夜中の12時過ぎる時はその前に会社から電話をしてルームサービスを頼めば、夜中の2時に帰ってひもじさで眠れないってことにもならないですんだ。

だがその生活も最初の2年間のみ。

日本円にして月額25万円の家賃はちょっと高いのではないかと言うことになったのである。

それだって二間続きのジュニアスイートだから日本人の感覚からすれば激安なのだが、合弁会社だとそうもいかない。

それに市内には外国人向けのマンションがたちはじめたし、ホテル住まいと会社で決めた最大の理由は、国際電話がひかれてないということだったのだが、新しくできた外国人向けマンションには国際電話も引かれていた。

で、僕もマンションを探す事になったのだが、探し始めるとホテルの関係者から、いきなり台湾人のお妾さんをやってるという女性が部屋を貸したいといってるけどという話がきた。

「でもさ~。それってあなたの旦那の台湾人があなたに住むようにって買ってくれた部屋でしょ?」

会社の応接室で、お妾さんと向かい合いながら僕は言った。

「そうですが、別に部屋を貸して、それを生活費にしてもいいって事なんで。」

中国人のお妾さんはそういうと僕を見た。

なんだこの視線?

なんなら私もセットでど~よ?ってな話しになったりするのか?

「はあ~。もし借りるって事になったら、所有者である、その台湾の方に確認したいのですがかまいませんか?」

「はい。でも条件があります」

「なんでしょう?」

「一番最上階の二部屋が買ってもらった部屋で、階段の所を鉄格子で仕切ってあるんですが、この二部屋をまとめて借りて欲しいんです。」

「二部屋ですか?でもかたっぽが2LDKで、かたっぽが3LDKですよね?3LDKの方だけでいいんだけどなあ~」

「料金は一部屋分で結構ですから。」

値段を聞くと日本円で3万円だった。

それでもこのお妾さんの生まれ育った地域では大変な収入だ。

「わかりました。こちらでも検討させてもらいますが、所有者の台湾人の方はいつ頃こちらに見えますか?」

「来週には。」

「じゃあ、その時に部屋を見せてもらって決めるということで宜しいか?」

「部屋は明日にでもみれますが?」

「じゃあ、明日にでも見せていただきます。」

彼女が帰ると、僕は総務に行った。

「あのさ~。ほかの人はみんなきまったよね?」

僕の会社には、僕以外に、社長と総工程師の二人の日本人がいた。

「きまりましたよ。円さんも早くきめてください。」

「マンションは月額4万(日本円)までだよね?4万以内だったらどんなに広くてもいいの?」

「かまいません。」

僕が気にしたのは、二部屋だということで、だったら総工程師と一緒に住めとか言われたらたまったもんじゃないってことだ。

だが、二人の部屋はすでに決まっている。

どうせ総務課の課長が間に入ってコミッションを取っているので、もう変更はないだろうな。

翌日お妾さんと部屋をみにいくと、そこは会社から自転車で10分くらいで、六階建てのアパートの最上階だった。一階には物置もついていて、バイクがおける。

エレベーターはないが、僕は若いので問題ない。

六階までの階段は決してきれいではないが、内装はきちんとしていた。

おまけにキッチンは2つ。リビングも二つ。ベットルームは5つでバスルームも2つだ。

「これなら住み込みのメイドが雇えますね。」

一緒に来た秘書が日本語でいった。

「じゃあ、このお妾さんをメイドでやとおっかな?」

「またっ!!大体家事をやるのがイヤだからお妾さんになるんですよ。メイドなんかできませんよ。」

「じゃあ夜だけメイド。」

「フンっ!!」

思いっきりバカにされた。

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

一週間後、所有者の台湾人が会社にやってきた。

40半ばの堅太りな感じだがおなかは出た、見るからに脂ギッシュな、お妾さんをつくりそうなタイプだった。

「どうですか?気に入りましたか?」

「はい。2部屋分ですが1部屋分の料金でいいとか。だったら別々に現地の人に貸した方がいいんじゃないですかね?」

「そりゃそうです。でも中国人にはそんな家賃払えないし、香港やら台湾の連中に貸しても、結局私と同じように、中国人に住まわせることになる。中国人が住んだら部屋は1年で滅茶苦茶だ。私としては日本人のあなたに住んでもらったほうが内装も痛まないし、助かります。大体家賃で儲からなくても、あと2~3年すればここいらの不動産価格は上昇して十分元がとれますから。それまで綺麗に部屋を使ってもらう方がいいんですよ。」

「なるほど」

「それにあの女をここに住まわせておけば、毎日することもなく、大抵面倒な事になります。あなたが払う家賃で、彼女の故郷で生活させ、私がここに来るときだけ呼び出せば良い。あの子の故郷では、毎月これだけの収入があるヤツなんていません。遊んで暮らせるし、何よりも私も、余計な生活費を払わないですむ。」

なるほど。お手当が浮く上、部屋も綺麗なまま。まあ実質管理人みたいなモンですな私は。

彼の魂胆はともかく、いつまでも部屋を探しているわけにもいかないので、僕は一年契約でこの部屋を借りる事にした。

で、翌週家具を運び込んでもらったのだが、ベット、机、応接セット、ダイニングテーブル
ガスレンジに冷蔵庫それにタンス、が一つだけ。

いや、それ以上はいらないけれど・・・・・

でも、3LDKの部屋で完璧におさまってしまった。

もう一つの2LDKの部屋、激しく無駄・・・・・

そう思いながら日本からの出張者がつづき、三週間ぶりの休みとなる前の晩。

僕は翌日は昼過ぎまで寝たおすつもりでベットに入った。

部屋も六階ともなると激しく静かだ。

隣の部屋がうるさいということも、上の部屋がうるさいということもない。

これはなかなか成功だったと思いながら、海外でのマンション一人暮らしの初日の眠りについた。

だが。

翌朝、僕は激しい地響きと爆発音で目が覚めた。

ずし~んという、爆弾が着弾したような音だ。

な、な、なんだ?

中台戦争でもはじまったか?

僕はとりあずベットから飛び降り、リビングの床に伏せた。

爆風で割れた窓ガラスでも突き刺さったりしたらたまらない。

時計を見ると10時ジャストだった。

だが、後続の爆発音はない。

夢だろうか?

僕はキッチンにいくと、お湯をわかし、免税店で買った香港から輸入されたカップヌードルを食べた。

とりあえずお腹も一杯になったのでまた眠ることにした。

すると2時間後、またもや爆発音と地響きで目がさめた。

なんじゃこりゃ~っ(>_<)

To be continue.

 
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2006.10.29

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(2)

ナニゲにはじまった豪邸生活だが・・・・

とりあえず爆撃ではないらしいのはわかった。

だが、どっかで爆弾が爆発している。

人民解放軍の演習と言う可能性もあったが、僕の知る限りでは、それは街の反対側だ。

夕方になってベランダにうっすらと砂埃がたまっているのに気がついた。

やはり何か爆発させている・・・・

とりあえず僕はモップでベランダを綺麗にした。

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

部屋は借りられたが、今度はメイドさんを雇わなければならない。

下手すると夜中の二時まで働かされるのに、掃除、洗濯、買い物、料理なんかをするのは絶対無理だ。

料理したければ買い物をしなければならない。

でも当時の中国は、肉でも量り売りなのだ。

当然堪能な中国語が必要とされる。

別に堪能でなくともかまわないのだが、外国人だとバレると途端に高くなるし、何よりも僕は肉や魚の鮮度がいいのか悪いのかすらわからない。

それに水を飲もうと思ったらミネラルウォーターを買わねばならない。

現地の人達は水道水を涌かして飲んでいたが、その水道水からして、なんか砂とかがすごいのである。

僕は会社ではコーヒー用のドリップペーパーでお湯を濾してから飲んでいた。

そんな僕を社長は笑ったが、彼が2年間の勤務を終えて日本で精密検査を受けると、体中に砂がたまっているのが発見されたのである。

中国恐るべし!!

さらにはマンションにはガスがひかれてない。

お風呂用と、調理用にプロパンのガスボンベを2つ、予備をいれて三つのプロパンをおいておかねばならない(今から考えると、ほかの部屋もそうだったんだから怖い。どっかの部屋が火事になったらプロパンが大爆発だ)

50を越えた社長や、総工程師はマンションが隣同士だったので、共同でメイドさんを雇い、僕にもついでにやってもらえば?と人事課がいってきたのだが、それも考え物だった。

20代後半の僕の部屋に、若い女性のメイドが出入りすれば、どうせ会社で根も葉もない噂がたつにきまっているのだ。

さて、困った。どうしたもんか?と考えていたときに、検査課の女の子がやってきた。

彼女は某研究所の所長の娘で、会社を設立するときに最初に雇った社員の一人で僕とは仲がよかった。

顔は丸いが元気で明るく、当時の中国人としては抜群にあか抜けていた。

何よりも、彼女は英語がしゃべれたので、中国にきたばかりの頃、言葉が話せなかった僕でもコミュニケートできたのである。

「家の事やる人探してる?」

彼女がいった。

「うん。今、どうしようか考え中。」

「あのね、私のおじさん雇わない?お父さんの妹の旦那さんなんだけど、つとめてた国営工場が半稼働で、半日出勤するだけなの。」

「男性なのはいいけど・・・長くやってもらわないと困るんだよね。」

「多分大丈夫。工場はあのままだと思うし。」

どうしようか?

男性であれば変な噂はたたないですむ。おじさんならなおさらだ。それに六階までプロパンを運ぶこともできるし、何よりも会社の関係者でないのは助かる。

自宅に何があるとか、どんな状態だということが工員に漏れないからだ。

紹介した彼女としても会社には知られたくないはずだ。

そう考えるとこの話に乗るのも悪くなかった。

翌日もといたホテルにある、オヤジの会社の現地事務所に本人にきてもらい、面接をした。

まあ、ふつうのおっさんだが、変に欲のたかったところがなく、悪い人間には見えなかった。

で、条件をきめなければいけないのだが、当然の如く僕は極めて庶民な家の生まれだからメイドとか執事とかとは無縁だ。

それでも学生の頃から、海外で仕事をしたいと思っていたので、現地の使用人を雇うときの最低限のセオリーみたいなのは本で読んでいた。

まずは年齢差があるので、できるだけ顔を合わせないようにした。

使用人なんて持ったことがない僕が、そういう人間が部屋にいることに慣れるよりは、いるのか、いないのかわからない状態になる事を選んだのだ。

それってど~よという気もするのだが、毎日顔あわせていると、ちょっとしたことで相手から「このガキがあ~」とか余計な恨みを買いかねない。

連絡は基本的にテーブルの上においた連絡帳にする。

そうしてお互いが顔をあわせず空気のような存在になれば余計なストレスは感じないですむのだ。

勤務は平日の午前か午後半日。

仕事は、掃除、洗濯、買い物。

洗濯は乾燥機があるので、全自動洗濯機のスイッチを入れ、終わったら乾燥機に入れてもらえばいい。

買い物はかっておいて欲しいモノを連絡帳に書いておくので、その通りに買ってきてもらう。

掃除は箒とモップでやって、バスタブも洗い、散らかってる本やら何やらがあれば、整理してテーブルの上においてもらう。

シンクに洗い物があれば洗っておく。

トイレットペーパー、洗濯洗剤、電球(蛍光灯ではないので良く切れた)、キッチン用の洗剤は、なくらなないように補充しておくこと。

あとは、買い物の際はレシートもしくは領収書をもらってくる。

給料はケチケチせずに、当時の工員の基本給の300元(日本円で6000~7000円くらい)として、しかも外貨券にした。

今はなくなってしまったが、昔の中国の元には、中国人用の人民元と、外国人が外貨を人民元に替えた時にもらえる外貨券があった。

外貨券であれば、輸入電化製品や、免税店の海外の食料や化粧品といった贅沢品を買うことができたが、人民元では買うことはできなかった。

従い、闇で外貨券を人民元に両替すると1.2~1.4倍くらいになった。

給料を高くしたかわりに、家に何があるというようなことは、家族を含め周囲には漏らさない事、買い物を頼んだ時にはごまかさずにきちんと精算することを約束させた。

彼としても、大の男がハウスキーパーをやっているなんてことは知られたくないし、また外貨券で毎月300元もらえる仕事をほかに見つけられる可能性は限りなく0に近いから、同意した。

もちろん間にたった検査室の女の子の面子もたった。

会社にはオヤジが昔世話になった人の親戚を雇ってくれと言われたので、そうすることにしたと伝えた。

総務課の課長は、相手がおっさんなのを見て、安心したような、つまらなそうな顔をした。

フン!!お前等が考えていることなんか、こっちはお見通しなんだよっ!!

そんなわけで彼の仕事ぶりも問題はなく、僕の2リビング、2キッチン、2バスルーム、5ルームの豪邸は完璧に維持された訳だが、実を言うと僕は1年間借りたこの部屋に、正味2週間くらいしか住まなかったのだった。

 

To be continue.

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2006.11.06

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(3)

先週の土曜日に書き終えて月曜更新の予約かけたら更新されてなかった・・・・

何故1年借りて2週間程度しかすまなかったかというと・・・

まずは爆発音なのだが、しばらくしてこれはマンションから200mほど離れた小山というか丘から、御影石か何かを取るために発破で爆破されているのだとわかった。

休みの日に家で寝ていると、2時間おきくらいにドッカ~ン!!と鈍い爆発音がする。

休みの日くらいゆっくり寝ていたいが、この爆音で9時には必ず目が覚める。

オマケに爆音から30分以内に土埃が来襲する。

中国のアルミサッシは日本のように密封性が高くない。

ほとんどは防御できるのだが、室内にも多少は入り込む。

というか、窓を開けてたら土埃が直撃する。

住み始めて3日目で、ベランダ側の窓はすべて開けておけないことが判明した。

一度、我が執事(ただのおっさんだが、気分を出すためにとりあえずそう呼ぶ)が洗濯を終えたところで停電になったので、「乾燥機が使えません。ベランダに干して帰っていいですか?」と電話で聞いてきた。

僕は何も考えず「いいよ。帰ったら自分で取り込むから」と言ったのだが、帰って取り込んだのは、洗濯する前より汚くなった洗濯物だった。

もちろんベランダは、毎日執事が綺麗に掃除してくれても、僕が帰る時には土埃で被われている。

爆発音が目覚まし替わりという状況も、東京生まれで東京育ちの僕には想像できなかったが、6階のベランダに干した洗濯物が、干したら洗濯する前より必ず汚くなってくるというのも驚きだった。

っていうかあり得ない(-_-;)

乾燥機があるから大丈夫だと思っていたのだが、昼間はしばしばというかほとんど毎日停電した。

仕方がないので僕は執事に命じて、5部屋あるベットルームのうちの1部屋を物干し部屋にすることで、この問題を解決した。

部屋がいっぱいあるって素晴らしい!!

 

 

ようやく洗濯問題を解決した僕だが、夜、部屋で日本から持ち込んだビデオを見ているとガンガンガンガンすごい音がする。

このあたりでは昼間は暑すぎる為に、建設工事などは夜間やることが多い。

だからまだ工事中の区画で夜間工事をしているのだろうと思ったのだが、なんか思ったより近い気がする。

僕の部屋は木のドアの外側に防犯用の鉄格子ドアがついていた。

しかし、この区画は五階と六階の間の踊り場から、持ち主の台湾人のものとなっているらしく、この踊り場の所も鉄格子がはめられており、鍵がかかるようになっていた。

もしかすると会社で問題があって、誰かがやってきたのかもしれない。

僕が木のドアをあけると、鉄格子の間から金属を金属でたたく、けたたましい音が聞こえてきた。

「ヒッ!!」

玄関の外の鉄格子をあけた僕がみたのは、踊り場の鉄格子のドアを狂ったようにフライパンでたたく40代半ばのババアの姿だった。

それはもうすごい形相で、鉄格子をフライパンで破壊するくらいの勢いで叩きまくっていたババアは、僕の顔を見ると、わけのわからない言葉を叫んだ。

怖い・・・・・

怖すぎる・・・・・・

これが虎やライオンだったら、イヤ、デーモンとか化け物だったらそれほど怖くない。

とりあえず油かけてマッチ落として炎上させてしまえば終わりだ。

だがキ○ガイ、いや、精神に異常を来している人を炎上させたら、間違いなく犯罪だ。

彼女がわめいているのが、土地の方言であることはわかったが、標準北京語ではなかったので、僕にはちんぷんかんぷんだった。

どう考えてもキ○ガイじゃないや、精神に異常を来している人にしか見えないので(っていうか、鉄格子とはいえ、人の家のドアをフライパンで叩き続けるという事自体、常軌を逸していると思う)とりあえず日本語で「なんじゃおめ~はっ!!」と言ってみた。

するとババアはまた何か言って狂ったように鉄格子のドアをフライパンで叩き続ける。

この状況をどう理解したら良いのだろう?

いや、理解をする以前に、僕の背中をゾゾゾっと寒いものが走った。

とりあえず六階の踊り場から五階へ降りる階段を被うように鉄格子が入っているので、こちらからは鉄格子の籠のなかに精神に異常を来したババアがいるように見え安全そうな感じだが、向こうから見れば檻のなかにいるのは僕のように見えるに違いない。

というか、実際雪隠詰めにされているのは僕の方で、あの鉄格子を破られたら逃げ場がないのだ。

このババア一人ならなんとかなるかもしれないが、ほかに精神に異常を来した仲間がいて、襲撃してきたらどうなる?

冗談抜きで、僕はゾンビの群れに襲撃され、アパートの最上階に籠城するまっとうな人のようではないか?

大体、あのフライパンからして、お前をこいつで料理して喰ってやるという意思表示なのかもしれない・・・

フライパンで鉄格子をガンガンガンガンと叩く音に刺激され、僕の脳みそも狂気の度合いを深めていた。

放火用の食用油をのぞくと、残念ながら武器になるようなものはこの部屋にはない。

プロパンガスのボンベは強力な武器だが、この部屋ごとぶっ飛んでしまう可能性が大だ。

ガスが下いくなら6階で栓を開けば五階におりていき、精神に異常を来したババアはガス中毒で死ぬかもしれないが、フライパンで鉄格子を叩いているから、その時散った火花とかで引火するかも知れない・・・・

(このときの恐怖があまりにも鮮明だったため、後には日本で買ったエアガンをバラバラに解体して、別々のスーツケースに入れて中国に持ち込み、その後現地で組み立てて、枕の下に常におくようになった。)

どうする?オレ!!

 

水だ!!ここはとりあえず水しかない!!

僕は室内に戻ると、掃除用のバケツをバスタブにおき、バスタブの蛇口をひねって水を注ぎ込んだ。

ドアの向こうでは、あいかわらずキ○ガイババアが、鉄格子をガンガンガンガン叩き続けている。

どう考えても常人ではなかった。

バケツに水がたまると、僕はそれをもって、踊り場に出た。

とりあえず鉄格子の上にバケツをおくと、キ○ガイババアは流石にフライパンで鉄格子を叩く手をとめ、僕とバケツを見た。

「うせろっ!!このキ○ガイ野郎!!」

僕が日本語でそういって、バケツを傾けはじめると、ババアはすごい勢いで階段をおりはじめた。

そのあとを追うようにバケツの水が落ちていった。

とりあえずババアは消えたが援軍がくるかも知れない。

僕は再度バスルームに戻り、今度はガス湯沸かし器を高温にセットすると、お湯が熱くなるのをまってバケツに注ぎ込んだ。

 

僕は戦争を始めるつもりになっていた。

 

 

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2006.11.12

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(4)

先週は更新予約してあったのですがうまくいかず、金曜日に更新しています。先週分は右側Recent Postsの(3)です

 
 

階下の遠いところで、数人の声が聞こえた。

きた!!きっと一階のところで集合しているに違いない。

ああ、ホテルに住んでいればよかった。

ホテルなら保安要員がいるし、スタッフは一人残らず友だちなのだ。

ホテルを出たが為に、狂った中国人達に、中華鍋(いや、フライパンか)で料理されそうな勢いだ。

っていうか、まだ8時過ぎなのだが、これは一晩中続くのだろうか?

マジで鬱になってきたんですが・・・・

そんなことを思いながらも、僕の頬は思いっきりこわばっていた。

逃げ場がなくなったところにおいつめられ、言葉の通じない外国人に、唯一の出口でガンガンやられたことある人いる?

そりゃもう怖いさ。

半端じゃない。

声はやみ、3~4人の足音が、階段を上ってくる。

はあ~。

マジでホラー映画の世界だ。

僕は唯一の武器である熱湯入りバケツに手をかけた。

指先をつっこんでみるが、熱さのあまりすぐひっこめ、自分の口でしゃぶらなければならなかった。

これなら間違いなく、連中を撃退できる。

だが、そのあとは?

家族に熱湯攻撃をかけられた腹いせに、10倍くらいの中国人が押し寄せるかもしれない。

そうなったら食用油をまいて、階段に火をつけて封鎖するしかないな。

まあ、火が燃える中を突入してくるバカはいないし、突入してきたって鉄格子がある。

その鉄格子だって熱くなってるだろうから、とりあえず火が消えるまでは突入してこない。

火がつけば、消防隊が来るかもしれない。

この際、ドアを開けてあの気の触れたババアに身柄をとられるより、消防隊にもってかれた方がマシってヤツだ。

もっとも1.8リットルの食用油一つでそこまでできるかまったく自信がないのだが。

因みに、知り合いに電話をかけることも考えたが、会社はすでに誰もいない。

そして僕は、会社の人間の自宅の電話番号をまったく知らない。

だって、中国において、一般家庭に電話が通るのは、この一年後なのだ。

ああ、夜間トラブルがあっても、電話で助けをもらえないならやっぱりホテルにすんどきゃ良かった。

再度そんなことを思っていると、ズボンに白シャツといった、昭和30年代の日本人のような格好をしたおじさん二人と、先ほどのババアが五階の踊り場に顔を見せた。

僕は問答無用とばかりに、熱湯バケツを鉄格子の上にドン!!とのせた。

「ウェイウェイウェイ!!」

先頭の男が僕に声をかけた。

これは標準北京語だ。

電話かけるときの「モシモシ」に相当する言葉だが、この場合は「ちょっとちょっと」って感じになる。

言葉が通じるのか?

「なんだ!!夜に人の家の玄関ガンガンフライパンでたたきやがって!!」

僕は厳しい声で言ってみた。

数で負けている場合、勢いでもまけたら袋だたきにされかねない。

袋だたきにされなくても、こちらが弱気に出て、相手が勢いづいてしまえば、やばい事になる。

「標準語は話せるのか?」

相手の男がいった。

「少しな!!」

僕はこたえた。

「だったら、そのバケツを降ろしてくれないか?オレの言っていることわかるか?バケツを降ろしてくれ。俺達もフライパンはもってないから。」

確かにババアはフライパンをもってなかった。

うん。この男は話せるらしい。

僕は熱湯バケツを鉄格子から降ろしていった。

「お前等人の家に夜やってきて玄関をフライパンでたたきやがってなんだ!!強盗か!!」

強盗ってことはないかと思うが、とりあえず会話が成立するとなったら、こちらが何故水をぶっかけようとしたか相手にも理解できるようにしておかないとまずい。

「ちがう!!俺達は民生委員だ!!外国人が住んでいるというので確認にきた!!」

民生委員というのは、昔の日本の五人組みたいなもんだと僕は理解している。

自治組織みたいなもんだが、相互監視組織でもあると。

「じゃあわかったろっ!!かえれ!!」

「いや、家の中を確認させてほしい。」

「ダメだ!!お前等が民生委員だと証明できないだろ!!名刺やるから、明日会社に連絡して、会社が確認してからなら確認させてやる。そうでなければ公安局つれてこい!!」

因みにこの場合の公安とは、日本でいう警察官である。

もう一人の男が階下へ降りていった。

公安を呼びにいったのだろうか?

「この国では外国人が好き勝手に住んではいけない事になってるんだ。」

残った男が言う。ババアはその後ろにひかえていた。

「ちゃんと許可はとってある。居留証もある。本当に民生委員なら、確認できるだろう?なんでしてない?」

確認できるかどうかなんてわからないが、とりあえずそういってみた。

男は黙っていた。

やがて階下から階段を上ってくる足音がした。

先ほど降りていった男が、菜っ葉色の服を着た公安を一人つれて戻ってきたのだった。

 

 

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2006.11.19

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(5)

中国の公安の制服はダサイ。

菜っ葉色の服で、デザインもなんかだぶだぶしていてすごいヘボだ。

帽子があるから公安だとわかるが、全体的に威厳なんかかけらもなく、帽子がなければ、1日5元で働く日雇いの労働者みたいな感じだ。

それでも警察は警察。

海外で警察官と事をおこすほど、僕はバカではなかった。

当時の一般家庭の家を見ていれば、警察の留置所がどの程度かは容易に理解できる。

中国では公安というのは、人脈や、金を使って友好的な関係を築くものであって、もめ事を起こす相手ではないのだ。

とりあえず僕は五階と六階の間の踊り場まで降りて、鉄格子のドアを間にはさんで公安を迎えた。

まだ若い公安は、民生委員のババアやおっさん達を押しのけて、ドアの前にやってきた。

僕はとりあえず、ビシッっっとした敬礼をかました。

相手が公安や、軍隊の時は、敵意がなければとりあえず敬礼!!

これ世界の常識ね。(そうなのか?)

公安も反射的に敬礼を返したあと、「標準語はわかるか?」と聞いた。

「一応。身分証明書の提示が必要ですか?」

「うん」

公安警察官はあきらかに外国人を相手にするのははじめてだった。

僕は部屋に戻り、外国人居留書とパスポート、それに念の為に名刺を何枚かもって、再び踊り場に降りた。

鉄格子越しにまず外国人居留書を渡した。

それは中国政府が発行したもので、中には生年月日や顔写真のほか、僕の所属企業や役職が記載されていた。

公安はそれを見ると、後ろにいる民生委員の連中に何かいった。

地元の言葉だったのだが、社命と役職がまじっていたので、「お前等こちらはXXのXXだぞっ!!」と言っているのがわかった。

残念ながら形勢逆転だな。

公安は、僕が不愉快な思いをした場合、しかるべきところに文句を言えば、自分があまり楽しくない目にあうことを理解したようだった。

「一応部屋の中を確認させてもらって宜しいですか?」

僕は「どうぞ」というと、鉄格子のドアをあけ、公安を入れた。

民生委員の連中も一緒に入って来ようとしたが、「公安だけだ。お前等の身分と調べる権限の有無は確認してない」といって鉄格子を閉めた。

「私はここにいるんで、ご自由に見て下さい」

僕は公安にそう言うと、鉄格子の向こうの民生委員をにらみつけた。

公安が室内に入ると、僕は名刺の一枚を民生委員のおっさんに渡していった。

「今後はなんか用があったら、会社に電話して秘書に話してからきてくれ。ちょっと調べれば、うちの会社がその辺の台湾人のつくったいい加減な会社と違うのわかるだろ。ここに住む届け出もきっちりしてあるからな。あんたらの検査なんかうける必要はないと思うし、あんた方にそういう権限があるかないかも外国人のオレにはわからんから。会社の方で必要なことだと言われるまであんた方を入れる気はないから。」

民生委員のおっさんは名刺を見ながら黙り込んだ。

悪のりした僕は、ババアにいった。

「あんた名前は?」

民生委員達は顔を見合わせた。

「民生委員なんだろ?人の部屋調べに来るのに、自分の名前も言わないでいいのか?名前も名乗らないで、いきなりやってきて、民生委員だ部屋調べさせろって、まるで映画の日本軍みたいだな。」

僕が意地悪そうな笑みをうかべると、ババアは「王です」とだけ言った。

「王おばさん。おぼえておくからな。」

公安が部屋からでてきたので、僕は「何か問題は?」と尋ねた。

「何もないです」

僕はうなずくと、鉄格子をあけた。

公安が階段を下りていくと、民生委員達もそれにつづいた。

しばらくして、階下で公安が民生委員をどなっているらしい声が聞こえた。

 
(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

 

毎日2時間おきに粉塵が舞い降りる部屋であることだけでもうんざりだった僕は、この件で、完全にこの部屋に愛想がつきた。

工場の原材料について、最終的に受け入れるか返品するかの権限を握っている僕は、時として原料の納品業者から恨まれることもある。

結局もといたホテルのオヤジが事務所としているホテルでほとんど寝起きすることになった。

オヤジが来ると、その部屋を使うので、その時は粉塵のふる部屋に帰る。

1年の契約がきれるころ、僕はまた新しい部屋を探し出した。

静かで、警備員が常駐しているところ。

民生委員がいないところ。

いてもおしかけて「部屋の中を見せろ!!」などと言ってはこないところを探させた。

丁度会社から歩いても15分くらいの人造湖につくられた埋め立て地に、別荘が建てられていた。

主に香港や台湾の連中が、こちらに部屋や事務所を構えるための住宅街で、敷地はしっかりと壁でおおわれ、入り口には警備員が常駐していた。

南欧風の4階建てのアパートが7棟ほどあり、それとは別に3階建ての一軒家が湖に面した方に何軒かたっていた。

敷地内には樹木が植えられ、ちょっと中国にいるとは思えないくらいのロケーションだ。

アパートの3階に2LDKの手頃な部屋を見つけた僕は、早速見学に行った。

入ったところが大理石のDKで、正面に二部屋。右側にバスルーム。その隣にはキッチンがあった。

一部屋をワークルームにして、もう一部屋をベットルームにすると丁度手頃な広さだった。

これなら部屋のどこで物音がしても大丈夫。

前の部屋は、家に入ってまずしなければならないのが、部屋中をパトロールする事だったし、寝ていると隣の部屋から物音がしたようなとき、一々見にいくのが面倒くさかった。

もう広すぎる家はこりごりだよん(-_-;)

前の大豪邸の契約がきれると同時に、僕はこの高級アパートに引っ越しすることにした。

高級といっても日本円にしたら1ヶ月4万円ほどだ。

このころになると、会社のスタッフが仕事を憶えてくれるようになっていたので、仕事も楽になった。

1日16時間稼働になっても、家族持ちの工場長には9-5時までやってもらい、僕は昼から生産終了までを受け持つ。

清掃は生産管理スタッフが当番で監督した。

まあ、1日16時間なんてのは年に2ヶ月あるかないかなので、普段は遅くても7時くらいには帰ることができた。

大理石のLDには、街で輸出用につくられた赤い応接ソファを買っておき、これがすこぶる
座り心地がよかった。

バスタブが狭いのが玉に瑕だったが、キッチンもそれなりに広かったし、お菓子や缶詰主体だった免税店の品揃えにも、パスタなどが入り、しかも市内にできたアメリカ資本のホテルにはデリカテッセンができ、そこではソーセージやハム、チーズ類が売っていた。

しかもホールで売っているチーズ類は日本の感覚から比べるとずっとやすい。

乳製品好きな僕にとっては、これは嬉しかった。

街のパン屋さんでもまっとうな食パンが売られるようになり、僕はトーストに日本に住んでいた頃には考えられなかったほどのチーズをのせ、オーブントースターで焼いて食べた。

そのうちピザハットが出来、マクドナルドもできた。

味も日本とかわらない。

日本には、海外在住者にむけて、雑誌や新聞を配達してくれるサービスがあったのだが、それが中国向けの発送も受けるようになり、一週間おくれだが、毎日のように日本の新聞や雑誌がとどくようになった。

僕が中国に住み始めて4年目にして、中国は本格的な発展をはじめたのだった。

前のマンションからそのままやとっている執事(?)の仕事ぶりも実にすばらしく、新聞や雑誌を読んでほおっておくと、家に帰った時にはきちんとテーブルの上にのせてあるし、靴もきちんと磨いていてくれた。

お金の扱いにも、変なところは見あたらず、極めて正直にやってくれていた。

中国に来たばかりの頃、会社から帰ろうと表通りでタクシーを待っていると、タクシーがまったく来ず、しかたなくしゃがんでまっていると、目の前を逆さにつられたガチョウをもったおっさんが通り、びっくりしたのがウソのようだった。

経済発展ってすばらしいな(^-^)

そんな幸せな日々をおくる僕に、いきなり襲いかかったものがある。

あの忌まわしい香港癬だ・・・・・・

 

 

To be continue.

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2006.11.27

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(6)

ようやくおちつきはじめた中国での生活だが・・・

僕のデスクは、三階事務所の総経理室の中にあった。

でも、そこにいるのは、日本とファックスのやりとりをするときか、様々な書類を処理する時か、工程表やら、工員の査定やら、ようするに経営者以外にはみせられないものを作成しているときだけで、それ以外は一階の工場事務所に二つおいてある来客用の椅子か、洗濯室にいた。

なぜ洗濯室にいたかというと、一つは工場の加工開始部分の窓が洗濯室にむけてあり、洗濯室からは、いつ下処理が終わり、加工が開始されるかわかったからだ。

もう一つは工場内部の人間関係の問題や、工員の不満などといった情報がここに集まってくるからだった。

社内の様々な情報が、市政府の管轄局にまわるルートはいくつもあり、そのほとんどは幹部職員が身内を工員として入社させ、その工員から、幹部職員を通じて、市政府というか党にあがっていくルートだ。

工場内部の人間関係や、サボタージュ情報は、正しいのも正しくないのも含め、このルートで流れている。

だが、このルートでどんな情報や噂が流れているかは、外国人の僕等には知ることができない。

一方で、洗濯室には、仕事が終わった時に、各セクションの当番工が、そのセクション全員の分の工員服をかかえてやってきて、替えの工員服をかかえて工場に戻っていく。

そこで一休みするときに、洗濯室のおばちゃんと世間話をしていく。

洗濯室のおばちゃんは、限りなく元気で人の良い30後半の、会社の運転手の奥さんだった。

工員達は、僕が採用の時に日本式の管理を行うのなら中国でも経験者は不要といって工場長以外の経験者を排除したので、みな20代前半から10代の後半だった。

彼や、彼女達からすれば、洗濯場のおばちゃんは、母親みたいなものだった。

彼女は単純といえば単純なのだが、まっすぐで、変にねじ曲がったところがないから皆に好かれた。

生産がはじまってから1時間ほどは僕は工場内にいるが、特に問題がないときは、ミーティングをすませてから洗濯室にいった。

そこでおばちゃんと世間話をしていると、工員の誰と誰が喧嘩していて、仲がよくて、誰がみんなから嫌われていて、その理由はなんなのか?ということや、勤務時間や食堂に関する不満などを事細かに知ることができたのだった。

おかげで、他の台湾系や韓国系の企業が、何度もストライキをおこされるなか、僕の工場は5年間1度もストライキをおこされることはなかった。

だが端から見れば、僕は「なんであの人は総経理室や工場事務所じゃなくて、いつも洗濯室でおばちゃんとお茶飲んでるの?」という事になるのだった。

日本人の間でさえそういう話がでたのだが、社長は僕のやっていることを理解していて「あれはあれでいいんです。工場の運営にも何も問題おきてないでしょう?」といってそれ以上は何も言わせなかった。

 

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

 

その日の午後、工場事務所にいくと、工場長以下生産管理課員は全員工場のなかで、残っているのは倉庫管理の女の子だけだった。

僕は工場事務所の来客用藤椅子に座って、ポットからお湯をついでお茶を入れようとしたが、ポットの中は空だった。

「チョビお湯もってきて」(日本語)

僕は女の子にそういってポットを渡した。

女の子はじろりと僕を睨むと、黙ってポットをもって、廊下の飲料用湯沸かしにお湯をとりにいった。

まっている間、僕は靴を履いたまま、左の足で、右の足の甲をこすっていた。

廊下に工場長の声がして、ポットをもった女の子と工場長が一緒に事務所に戻ってきた。

女の子はお茶を入れると、僕と工場長に渡した。

「チョビありがとう」(日本語)

女の子はじっと僕を睨みつけると言った。

「なんで私の事チョビって呼ぶのよ!!」これは中国語だ。

彼女は「お湯」とか「お茶」とか「ありがとう」といった単語はわかるが、日本語は話せない。

「だって似てるんだもん。」

僕は日本からおくられてきた、佐々木倫子の『動物のお医者さん』のコミックを見せた。

そこには主役の飼い犬、シベリアンハスキーのチョビの絵が・・・

「うわ~ そっくり・・・・」

工場長がそれを見て言った。

「似てないっ!!」

「そうやって怒るとますます似てるね。」

「似てる似てる。そっくり」

工場長が悪のりする。

「なんで私が犬と同じなのよっ!!」

「いいじゃん!!飼い主の言うこと聞くいい犬だし。可愛いし。しかもシベリアンハスキーは高い(当時)んだぞ!!」

「でも犬じゃない!!」

「そんな事は関係ない。中国人は犬を喰うかもしれないけど、日本人にとって犬は家族だから。」

「でもうちのチョビはお茶いれられますよ。」

工場長がちょっと可愛そうに思ったのか助け船を出した。

「でも日本語の理解力は犬のチョビと同じくらいかもよ。」

チョビはむくれた。

「大体キミの名前が悪い。チン・ナンなんて。」

「ちゃんとチンさんと呼んで下さいっ!!」

「イヤだ。だって陳さんは工場に3人もいるじゃん。それにチンというのは・・・」

「チンというのは何よ!!」

「日本語では男のあそこを意味するのだ。」

20になったばかりのチョビは顔を真っ赤にした。

工場長も顔を赤くしながら笑った。

「20になったばかりの女の子をそんなふうに呼ぶことはできないな。私は紳士だから。」

「じゃあナンさんって呼べばいいでしょっ!!」

「だってナンはインドのパンみたいな食べ物のことだもん。大体中国人の基本は漢字で3文字だろ?なんでお前は2文字なんだ?」

「知らないですよっ!!」

「じゃあチョビでいいじゃん。」

そういうと僕は急須にお湯を入れ、お茶をチョビのカップにいれてあげた。

「はいチョビ。」

チョビは僕を睨み付けて、ブツブツ言うと外に出て行った。

 

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

 

工場長と今週の原料入荷のスケジュールを打ち合わせているときに、工場長が僕の足下を見ていった

「さっきから何してるんです?」

「あ?」

僕は靴を履いたまま左足と右足をあわせてごそごそしていたのだ。

「なんかしらないけど、足が痒いんだよね。」

僕は靴を脱いで、ソックスを脱いでみた。

甲側は別になんともなかったが、足の裏にちょこっと皮膚がやぶれているところがあった。

「なんか踏んづけたかなあ・・・・」

そのとき、チョビと、工場付の通訳のダックちゃんが二人で手をつないで部屋の入ってきた。

ダックちゃんというのは、アヒル口のきわめて良く喋る女の子で今年大学を出たばかりだった。

良く喋るだけあって、日本語はなかなか達者で、頭の回転も速いが、かなりのおっちょこちょいだ。

「何してるんですか?」

ダックちゃんが日本語で僕に聞いた。

「なんか痒いんだよね~」

ダックちゃんはチョビに中国語で通訳した。

チョビが僕の足の裏をのぞいた。

「チチチ」と舌打ちする。

「なんだよチョビ!!」と僕がいうと、チョビが「シャンカンジャン」といった。

「シャンカンジャン」って何?

僕がダックちゃんに聞くと、ダックちゃんは自分の引き出しから分厚い中日辞典を引っ張り出し、辞書をひいた。

「え~とですねえ。みずむし?」

「えっ?」

僕はダックちゃんから辞書をひったくると自分でチェックした。

確かに香港癬は水虫と書いてある。

でもどうして?僕は生まれてこの方、一度も水虫なんかになったことはない。

「どう思う?水虫ってもっと皮膚がビリビリになるんじゃないの?」

僕の足の裏はほんのちっさな穴が皮膚にあいているだけだ。

それはちっさな水ぶくれがやぶけたようにしか見えない。

「さあ・・・もうちょっと様子みないとわかりませんねえ。」

工場長が言った。

「エイっ!!」

僕はいきなり足の裏でチョビのスネを蹴った。

「なにするんですかっ」

「こうすれば香港癬なら、チョビの足にもうつるだろ?そうでなければうつらない。」

「やめてくださいよっ!!」

チョビはそういうと泣きそうな顔をして、机からハンカチを出して部屋の外に出た。

洗濯室の水道で僕の足が触れた部分を洗う気らしい。

僕がダックちゃんの方を見ると、彼女はすでに工場長の向こう側に逃げていた。

「わかってますよ~。チンさんの次に私にやろうとしてるのは。」

ダックちゃんは得意そうに目をキラキラさせて「へへへ」と笑った。

「さすがは大卒。動きが違うな」

そういうと僕はソックスと靴を履いた。

 

 

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2006.12.04

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(7)

それから一週間。

僕の足は猛烈に痒くなった。

痒い!!痒い!!マジ痒いって!!

夜ベットに入ってからも、足の裏をかゆさのあまりハエのようにこすりまくらねばならないほどだ。

これはどう考えても水虫だ。

う~ん。それにしてもこんなに痒いなんて・・・・・

 

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

 

二階では一階とは別の製品ラインがあり、そちらは日本から来た総工程士と専属テクニシャンに生産管理をやってもらっていた。

僕も午前と午後一度づつ工場内を見回るが、きわめて形式的なもので品質に関する責任も、専属テクニシャンが負うことになっていた。

そうはいっても実際問題がおこれば、僕だって無事にはすまない。

世の中は常に、本音と建て前の二本立てなのだ。

幸いな事に二階は事務所の工場に面した壁がガラスになっていて、事務所から包装工程以外の工程がすべてみわたせるように設計していた。

そんなわけで、僕は工場内を巡回する意外にも、午前と午後、二階の事務所から工場内をのぞくようにした。

僕が二階の事務所にあがると、総工程士のヨシさんがタビックスを脱いで何かを足に塗っていた。

ヨシさんは50すぎたオッサンだが、陰気で陰険な感じの前任者とはちがい、遊び慣れた感じのおもろいオッサンである。

「あっ!!もしかして水虫治療してます?」

僕はヨシさんに言った。

ヨシさんは一本抜けた前歯を見せて笑い「長靴商売にはつきものだからな」と言った。

この前歯は、先週飲み過ぎてよっぱらって帰るとき、階段でこけて折ったものだ。

翌日歯医者にいったのだが、ひどい目にあわされたらしく、今度帰国するときに日本で治すといって放置している。

「え~と。その薬はなんでしょう?日本製?中国製?」

「中国製だよ。」

「ききます?」

「う~ん。オレも使い始めて2週間だけどかゆみはとれるかなあ~。でも水虫薬なんてみんなそんなもんだぜ?」

「そうなんだ・・・・」

がっくりした僕を見て、ヨシさんはにやりと笑った。

「なんだ。円さんも水虫かい?」

「え~ わからないんです。なったことないし。でも痒いんですよ」

「みしてみな。」

僕は靴とソックスを脱いでヨシさんに足の裏をみせた。

「ははは。こりゃ立派な水虫だ。これやるよ。」

そういうとヨシさんは机の引き出しから、自分が使っているのと同じ薬を一箱出して僕にくれた。

「いくらでしょう?」

「いや、いいって!!チョビのヤツが備品買いにでかけたときに、いっぱい買ってこさせたから。」

「ありがとうございます。じゃ、今度オヤジがカップ麺かなんかもってきたときにお裾分けしますんで。で、質問なんですが、水虫ってなんでなるんでしょう?」

「そりゃうつされるんだよ。知らないの?」

「はあ。なったことないんで。」

「風呂屋とかさあ、プールとか。長靴とか。」

「長靴かな~?」

「でも円さんの長靴は専用だろ?それに来客用の使うときだって裸足じゃはかね~だろ?」

「そりゃそうですよ」

「じゃあ違うな。」

「う~ん」

僕は考え込んでしまった。足の裏はいまでは皮膚がやぶけ、どうみても水虫状態だ。

ジュクジュクはしておらず、皮膚は白い粉になるような感じではがれていく。

とりあえず僕は靴下も脱いでいるので、ヨードチンキのような色の薬を足にぬりはじめた。

とくにしみるということもなく、こんなの効くのか?って感じだ。

二人で水虫薬を塗っているときに、工場から検査課の女の子がでてきた。

僕に執事(?)を紹介してくれた例の彼女だ。

男二人が靴下を脱いで、足の裏に薬を塗っている姿をみて、彼女は「チチチ」と舌をならした。

彼女のその顔を見たとたん僕は「あっと」声を出した。

そういえばしばらく前に、執事(?)が「今日浴室の電球が切れていたので、交換したところ切れていたほうの電球を落としてしまい、割ってしまいました。破片をかたずけるのに、スリッパかわりのサンダルをつかわせていただいたんですが」というので、僕は特に考えることもなく「あ、そう。」とこたえたのである。

ま、まさか執事が水虫だったのでは?

っていうか、感染経路はそれしかない。

浴室掃除のときなら裸足だろうし。

「なんですか?」検査課の女の子が僕を見てきいた。

ヨシさんは中国語がわからない。

で、僕は「お前のおじさん水虫?」と中国語できいた。

「え~っ!!知らないですよ。」

そりゃそうだ。おじさんが水虫かどうかなんて姪が知っているわけない。

「そっか。」

「うつされたんですか?」

「わかんないけど、思いつくのはそれくらいしかない。でも、別に確信があるわけじゃないから本人には言わないように。」

薬を塗り終わり、僕がソックスと靴をはくと、ダックちゃんが部屋に入ってきた。

「あ~っ丁度よかった!!お手紙がきてますよ~。」

ダックちゃんは今ならさしずめサカナ君のような独特のテンションでそういうと、僕に日本からのエアメールを渡した。

誰だ?

宛名を見ると我が友チヒロからだった。

めずらしいなあ~と思い、ビリビリと封筒を開けて、中にはいってたエアメール用の薄い便せんを広げた。

「11時すぎなら家にいるから電話くれ。大事な話がある。それからクリスマスは休暇とっとけ。絶対だぞ。今年のクリスマスはパラオで過ごすから。じゃ。  XXチヒロ」

それだけだった。

なんだこの手紙は(-_-)?

 

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2006.12.11

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(8)

とりあえず僕は総経理室(社長室)にあがり、社長に聞いてみた。

「え~と今年は年末年始日本に戻ってもいいですかね?」

社長は書類から顔をあげ、僕の顔を見た。

「ああ、今、その件で相談しようと思ったんですよ。円君は去年も帰ってないし、僕は女房がこっちくるって言うんで、今年は帰らないつもりだから、円君が日本戻るなら年末の本社への報告に顔出してもらおうと思って。」

まあ、この時期の社長の本社への報告は、生産も販売もシーズンオフなせいもあって形式的なものである。

というか、社長が帰ると会議というよりは尋問に近い会議がおこなわれるのだが、合弁パートナーの社員である僕は、社長の本社の連中にとっては外様大名みたいなもので、本社内の出世競争には無縁の存在である。

したがい、問題が起こっていない限りきわめて外交的なフレンドリーな会議になるのが普通だ。

「え~と、クリスマス前後は失踪する予定なんで、その前後なら大丈夫です。」

「こちらの会社は12月31から翌年の7日まで休みにします。だから帰国は7日でいいし、帰国休暇も残っているからそれつかってお正月ゆっくりしててもいいですよ。」

「いや、正月の日本いてもヒマなんで7日に戻ります。多分22日くらいから失踪するんで、本社の会議はその前に。」

「確認しましょう。」

休暇は簡単にとることができた。

 

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

 

会社を出たところでタクシーを拾うと、夕食を何にするかかんがえるのが面倒なので、市内のモスクに併設されている西北拉麺を食べにいった。

西北拉麺は手打ちの一本麺をゆで、トマト味ではなく塩味のミートソースをかけて食べるシルクロードのモスレム食だ。

マルコポーロが伝えたスパゲッティの元祖はこれではないか?と思えるような麺料理で、僕はこれが病的に好きだった。

ただ本当に美味しかったのはオープンしてから1年ほどで、そのあとはミートソースをつくる香辛料のいくつかが入らなくなったのか、味が少し落ちた。

とっても粗末なテーブルに他の中国人と相席をして、3元の大盆を食べ、丸いナンのようなパンとミートソースだけを持ち帰りにしてもらった。

家に帰ると日本からおくられてきたビデオをつけて、紅茶を入れ、外資系ホテルのデリカテッセンで買ったチーズをつまみながら、ナンのようなパンにミートソースをつけて食べた。

風呂に入り、現地時間の10時きっかりに僕は我が友チヒロに電話をかけた。

時差は1時間あるから、日本は丁度11時のハズだ。

ホテルからとなると話は別だが、一般家庭用の電話から日本に電話をかけても、30分で3000円くらいだ。

「お~っ 手紙ついたか?」

我が友はのんきな声を出した。

「そういう挨拶はいいからさっさと話せ!!国際電話なんだからなっ!!」

「話すのはいいが、休みは取れたのだろうな?」

僕が多分問題ないだろうというと我が友は説明をはじめた。

僕等は3年ほど前スキューバダイビングをはじめたのだが、中国にいて潜る事ができない僕をよそに、我が友は一人で沖縄にいき、一人の女の子とであったのだった。

「それがさ~ 京都の子なんだよ。しかもボートの上ではウエットスーツ恥ずかしがって脱がないような古風な子でさあ~。」

それはお前がエロい目で彼女を見つめていたからではないか?と言おうとしたのだが、やめた。

そんなことを一々言ってたら今月の国際電話代が上がるだけだ。

「で、去年友達とクリスマスパーティーやったときに、彼女も誘ったんだ。」

「来たのか?京都から。」

「来たんだ。」

「やったのか?」

「やってたら二人でパラオにいくだろっ!!」

つまり我が友は、パラオに彼女を連れ出して、なんとかクリスマスに決めたい。

で、私に一緒に来て、協力しろというのだった。

「まあ、いいけどなあ・・・でも何故オレがお前の恋路を成就させるためにパラオまでいかなければいけないのだ?っていうか、お前が落とせたとして、オレは何をすればいいのだ?」

「心配するな。お前にもちゃんと相手は用意してある。」

「な、なにっ?京都の女の子といったよな?ってことはアレか?京都の女の子と、パラオでダイビングダブルデートか?」

「そうだ。PDDだ。」

「PDD・・・・・」

「彼女が会社の後輩をつれてくるそうだ。」

「京都産なんだな?」

「後輩は純粋な京都産だそうだ。」

「PDD・・・・」

「そうだ円!!PDDだ!!海外でダイビングをしながら、京都の女の子とPDD!!」

「おおっ!!流石は我が友!!すばらしい企画だ!!それのった!!絶対のった!!オレをつれていってくれ!!オレをパラオにつれていってくれっ!!」

「よっしっ!!約束だ!!二人でPDDしにいこう!!」

「PDD!!」

「PDD!!」

「PDD!!」

「PDD!!」

「わ~いっ!!クリスマスはPDDして、正月はそのまま京都にいって彼女としっぽりすごすぞ~っ!!」

「その調子だ!!円!!今年のクリスマスは俺達の為にある!!」

「おうっ!!ばっちり決めてやるぜ!!」

東京都民の男子が京都の女の子という存在に対して、どれくらいの憧れをもっているかは東京以外で生まれた男にはわからないかもしれない。

個人的には、スッチーより、ナースより、女医より「京都の女」のステータスは高い。

「京都の女」それはやすらぎの里。

「京都の女」それは紅葉に赤く染まった柔肌。

「京都の女」それは「どすえ」をはじめとした柔らかすぎる日本語のハニーポット。

その京都の女の子と南の島でクリスマスにデートなのだ!!

我が友よ!!でかしたぞ!!

お前こそ真の友だっ!!

今から思うと、異常なまでのテンションで僕は我が友とパラオにいくスケジュールに関して相談し、電話を切った。

ベットに入っても興奮はさめず、僕は我が友に心の底から感謝をした。

やっぱり持つべきモノは友達だな・・・・・

幸せな顔で僕は寝返りをうったが、布団の下では右足が左足をボリボリと掻いていたのだった。

  

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2006.12.18

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(9)

我が友が京都、旅行会社、ダイビングショップと連絡をとり、一応22日出発の26日帰国で仮予約をした。

僕の方も帰国後のスケジュールを調整したが、帰国日は20日で問題ないものの、会議は22日になるという。

僕は仕方なく旅行会社とダイビングショップに連絡して、自分の分だけスケジュールの変更をお願いした。

僕はどちらとも良好な関係を保っていたので、何も問題ないですと返事をもらい、ついでに飛行機の席をビジネスクラスにしてもらった。

いや、これは決して贅沢ではなく、僕の肩幅は外人規格であり、Yクラスだと隣の席の人が迷惑するのである。

そんな感じで、なんのとどこおりもなく手配はすんだ。

僕は20日の朝、会社の車で空港までおくってもらい、香港へととび、香港で往復のファーストクラスのチケットを購入した。

当時東京でノーマルのYクラス往復チケットを買うと9万くらいだったが、香港でファーストクラスの往復のチケットを買っても、14万程度だった。

ビジネスクラスまでの料金は会社がもってくれるので、僕は往復で2万円ほど出せばよかった。

これも贅沢なのではなく、一人で荷物をもってトランジット時間の長い旅をすると、途中トイレで荷物をおいていかなければならなくなることもあり、そんな時に麻薬を入れられたり、荷物を盗まれたら大変だからなのである。(本当か?)

チケットを購入して再度チェックインすると、ファーストクラスラウンジに荷物をあずけ、免税店で妹と母にクリスマスプレゼントを買った。

そしてラウンジに戻ると日本の新聞を読みながら、ペリエとサンドイッチと多分クノールの缶詰のマッシュルームスープを飲みつつ搭乗時間を待った。

機内ではウオッカで大量のキャビアを食べて、映画を見終わると今度は機内にある日本の週刊誌を読み始め、新潮、読売、朝日、文春と読み終わったところで飛行機の外には光きらめく日本の夜の世界があらわれた。

国の経済力は、夜の飛行機でその国に行くとよくわかる。

暗闇のなかに無数の光がひしめくこの大地が僕の国なのだ。

そのころ僕は中国での生活には慣れていたが、中国に戻るときの飛行機の窓から見える寂しい夜景にはいつまでたっても慣れなかった。

まあ、今は違うだろうけど。

成田ですべての荷物を宅急便に出し、身一つで成田EXにのって新宿に向かった。

新宿に近づくにつれ、夜は夜でなくなり、僕が本来属している世界が戻ってきた。

総ての人が日本語を話していて、誰がしゃべる事も、みな理解できるのに軽く違和感をおぼえた。

中国では、僕が明確に相手の話を聞こうと意識しない限り、人々の会話は雑音にしかすぎない。

自宅の最寄り駅につくと、立ち食いそば屋がまだ開いていたので、かき揚げそばを食べた。

日本に帰ったら、まずは立ち食いのかき揚げそば!!というのが僕の帰国ルールだ。

コンビニに入って、雑誌を数冊とアイスクリームと牛乳を買い家に戻った。

肩までつかれるバスタブに入るとようやく日本に戻ってきたという実感がわく。

ああ、日本ってすばらしい!!

 

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

 

翌日10時頃に目を覚まし、トイレで新聞を読み、着替えてから自分の会社にむかった。

出勤前に会社近くの寿司屋で食事をしてから会社に顔を出す。

挨拶だけして家に帰ると、ダイビング機材をスーツケースに詰め、あさっての出発に備えた。

しばらくすると我が友から電話がかかってきた。

「おう!!帰ってきたか?」

「うん。」

「俺達は明日いくから。」

「ついにPDDだな!?」

「そうだ!!PDDだ!!」

「ところですっかり聞き忘れていたのだが・・・」

「なんだ?」

「オレのPDDの相手はどんな子なのだ?」

「お前のPDDの相手か?」

「そうだ。千代だ。」

僕は我が友がスケジュール相談の手紙に書いていた名前をいった。

「千代か・・・・」

な、なんだ?この不穏な間は?

こいつまさか何か隠してないだろうな?

「お前、なんか隠してないだろうな?」

僕は我が友に言ってみた。

自分の狙っている女の子の事はあれほどぺらぺらと話したのに、何故千代について情報を提供しない?

「かくしてなぞ・・・・単にお前をびっくりさせてやろうと思っただけだ。おどろけよ。千代は生まれも育ちも京都なのだ。」

「それは聞いた。」

「しかもだな~。これをきいたらお前は絶対おどろくぞ。生まれも育ちもバリバリ京都の彼女は、な、な、なんと19歳なのだ!!」

「・・・・・・・(-_-))」

「どうした?嬉しすぎて言葉も出ないか?そりゃそうだ。あさってからお前は19歳のピチピチ京都ギャルとPDDだからな。」

「お前の彼女はいくつだっけ?」

僕は静かにきいた。

「28だ」

「とりかえろ!!」

「はあ?」

「19歳ピチピチ京都ギャルはお前にやる。お前がPDDしろ。おれは28歳九州生まれ現在京都在住の方でいいから。」

「なんでだよっ!!」

「オレの恋愛対象年齢は28歳以上だとしっているだろ?」

「今から9年かけて自分好みの女に育て上げろ。千代を。」

う~ん。それはそれでありかもしれん。

19歳だって京都の女の子だ。

今は対象外でも10年後は立派な京女・・・・

「で、千代はどんな子なのだ?」

「う~ん。」

「なんだその『う~ん』というのはっ!!」

「絡むな!!千代は元気な子だ。」

「当然だろ!!なんで病気がちの子と南の島でクリスマスを過ごさねばならんっ!!」

「いや、そういう意味ではなくだな。つまり元気一杯なイキのいい女の子だ。」

「わからん!!はっきりいえ!!可愛いか?」

「可愛い!!それは間違いなく可愛い!!まあ、可愛いにも色々あるが。」

「ってその『色々ある』ってなんだよ?芸能人で言ったらどんな感じなんだ?」

「それは難しいな。芸能人にはあまりいないタイプだから。」

「じゃあ、何に似ている?」

「う~ん・・・」

我が友は電話の向こうで考えていた。

「まあ、それは向こうに着いてからのお楽しみってことで。」

ガチャン。

切った・・・・

あの野郎、電話切りやがった!!

僕は我が友の家に電話をかけ返した。

「てめえ!!勝手に電話をきるんじゃねえっ!!千代は誰に似ている!!」

「も~ 勘弁してくれよ。オレは明日早いし、荷造りも途中なんだから。」

「すぐに切ってやるから言え!!千代は誰に似ている!!」

「千代かあ~。興味ねえな。」

「興味ねえじゃね~んだよっ!!オレは興味あるんだ!!言え!!早く言え!!」

「あ、キャッチ入った。切るから。」

ガチャン。

クッ(>_<)

僕は再度電話をかけたが、我が友は出なかった。

電話はルルルルルとなって、留守電になった。

キャッチなら留守電になるわきゃね~だろっ!!

激しい陰謀の気配を感じる・・・・

僕はマジックを取り出すと紙にこうかいた。

「千代がどんな子であろうと、今更オレのスケジュールは変更できない。ということはオレはイヤでもパラオに行かねばならないということだ。そこで質問に答えろ。千代は誰に似ている?こたえないならこたえなくていいぞ。全力でお前のクリスマスをメチャメチャにしてやるからな。協力してほしいならすぐに電話をかけて答えろ。いいな?」

ファックス送信する。

当然の如くファックスは流れた。

すぐに我が友が電話をかけてきた。

「すまん。ほんの戯れだ。ゆるせ。」

「うむ。で?」

「で?」

「千代は誰に似ている?」

「う~ん。難しい質問だな。だがこれに答えれば、お前ちゃんと協力してくれるんだろうな?」

「・・・・・」

「いいか。はじめに言っておくが、これはオレにとっては一年半かけてやっとここまでこぎ着けた一大プロジェクトなんだ。チキチキマシン猛レースとは違う本気の勝負なんだ。お前本当に協力してくれるんだろうな?」

「それはお前の態度による。何事も隠し立てせずに正直に答えれば考えんこともない。私だって鬼じゃないんだから。」

「わかった。隠し立てせず話そう。その代わり約束だ。今回の件には協力してくれ。頼むから」

「まあいいだろう。こたえろ。千代は誰に似ている。」

「千代か・・・・そうだなあ・・・・」

「・・・・・・」

「難しいなあ・・・・」

「チヒロ。あと5秒でオレは電話を切る」

「わかった!!切らんでくれ!!考えるから・・・あっ!!そっくりなのがあった!!」

「よし、言ってみろ」

「怒らないか?」

「怒るような人物と似ているのか?」

「いや、そんな事はない!!日本人はみんな好きだったはずだ!!」

「アイドルか?」

「まあアイドルだ。」

「誰?」

「約束だぞ?言ったら今回の件には協力する。具体的には千代を彼女から切り離し、できるだけオレと彼女の時間をつくるのだ。」

「イヤとはいわん。大事なのは結果ではなく過程だ。気分良くきかせてもらえば結果がどうあれ協力するが、気分が悪くなる引き延ばしや、電話の一方的な切断や、受信拒否をくりかえせば・・」

「わかったわかった!!何もいうな!!千代が何に似てるかいうから。でもオレは本当に明日早く成田に向かわねばならないし、まだスーツケースに荷物も詰め終わってないんだ。だから教えたら電話するな。いいな?」

「よかろう。」

「千代はなあ~」

「千代は?」

「モンチッチに似てる。じゃあな。」

ガチャン。

モンチッチ?

おさるの?

クリスマスにパラオでモンチッチの世話をするのか?この僕が?

僕の脳内にはビキニ姿のモンチッチがビーチでお砂遊びをしているイメージがありありと浮かんだ。

僕の脳内のモンチッチは僕の方をみると、嬉しそうな顔をして「ウキャ!!」っと笑った。

ありえない・・・・

オレのPDDがあ~っ!!

その時、僕は猛烈な痒さを感じて思わず手を掻いた。

え?

手?

なんで手?

実は昨日成田についたとき、薬局が開いていたので、僕は水虫の薬を買い、昨夜足に塗っていた。

今朝も当然塗ったのだが、薬の効果か、足は痒くならなかった。

だが今は手が痒い。

僕は恐る恐る自分の手のひらを広げて見た。

ありえない・・・・・

こんなことありえない・・・・・

僕の手のひらは足と同様、いつの間にか皮の一部が剥けはじめていた。

中国水虫おそるべしっ!!

まさか手にまで伝染するとわっ(>_<)

 

 

だがこの手への感染(?)が僕に起死回生のアイデアを授けたのだった。

 

To be continue.

Uploads on coming monday!!
 

see you (^_-)

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2006.12.25

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(10)

僕は中国水虫におかされた手をじっとみた。

信じられない。

水虫って足だけじゃないの?

いや、確か子供の頃借りたコミックでみた「男おいどん」とかでインキンタムシと水虫は同じと書いてあった気もするが・・・

手に水虫なんて話はきいたことがない。

これではパラオにいって、握手したとたんに女の子に水虫がうつってしまうかもしれない・・・・

最悪だ・・・

手の平にぽつぽつとあいた皮膚の破れ穴を呆然として見ていたそのとき、僕の頭に天啓が閃いた。

『魁!!男塾』

そう、そのなかの男塾死天王の一人、卍丸が極めた技に列舞硬殺指というのがなかったか・・

・・・・・・・・・・・・ 

烈舞硬殺指…
中国拳法史上その暗黒の存在として恐れられる魍魎拳法最大の奥義である
これを修行し極めんとする者は底が厚さ三十cmある御影石でできた石漕に 骨をも溶かす竜硝酸を満たし 一月ごとにその濃度を一%ずつ濃くしていき 底の石を割ろうとした
日に何万回と突きをくりかえし修行すること十年 濃度百%に達した竜硝酸に耐えるスピードが拳についたとき 底石をはじめて割ることができるという
多くの者は途中で指をつぶし 底石を割れる者は万人にひとりもいないといわれる

中津川大観著 時源出版刊行
『中国拳法裏面史』より

・・・・・・・・・・・・・

「骨をも説かす竜硝酸を満たし・・・・」

これだっ!!

酸ならおそるべき香港癬を撃退できるに違いない!!

僕はキッチンへいくと、キッチンハイターを取り出した。

キッチンハイターはもちろん塩酸が主成分である。

もう、これに賭けるしかない・・・・

僕はバスルームにいくと、洗面器にキッチンハイターをどぼどぼと注いだ。

でも、流石に原液に手足を漬ける気にはならなかった。

しかし薄すぎては効果が期待できないかもしれない。

とりあえず倍に薄めて匂いをかいでみた。

プールの匂いがかなり強烈に漂う。

指の先をちょこんと入れてみたが、当然の如く、指が溶けたりはしなかった。

いける!!これならいける!!

僕はまず手を洗面器に漬けた。

ヌルリとした溶液の中に手をいれると、2分間そのままにした。

2分がすぎると洗面器から手を出し、洗うべきか洗わないべきか考えた末、洗わずにそのまま乾くにまかせて両足も漬けた。

足は5分漬ける事にした。

こちらも洗面器から出した後、ヌルヌルしたまましばらく足をあげて乾くまでまった。

大丈夫だ。

肌は見た目なんともない。

これは効果が期待できるかも ̄m ̄

手足が乾いたあと、僕は水虫の薬を塗ることなく、布団のなかに入った。

なんだかえらく塩素臭かったが、痒さを感じることもなく、僕は眠りについた。

 

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

 

翌日目が覚めた僕は、手も足も痒くないのを確認した。

やったか?

流石の中国製水虫、香港癬もキッチンハイターの前にはなすすべもなく、僕の体表で死滅したのだろうか?

恐るべしキッチンハイター!!

その日の午前中、僕は水虫の薬もつけずに会議に出たが、まったくかゆみはなかった。

多分成功!!おそらく成功!!

おひるご飯をごちそうになり、自分の会社に帰ってくると、僕はまずパラオのダイビングショップにむけて、我が友のクリスマス作戦を知らせ、ガイドさん達に協力してもらうよう頼んだファックスを送った。

なんて素晴らしい友情なんだ!!

そしてさらには、我が友が狙う彼女とお猿の千代を盛り上げてやるべく、パラオのホテルに我が友にあててファックスを送った

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P.P.R HOTEL
Please pass this FAX Mr.CHIHIRO H(from Japan).He Will reach your Hotel tonight.

挑戦状

我が友チヒロ 江

フフフフ 1日がかりのフライトはどうだったかね?いつも飛んでいる私と違い、なれない気圧の変化で耳がいたかろう?明日の耳抜きはちゃんとできるかな?機内の乾いた空気で喉も痛かろう。出発前にひいていた風邪もひどくなったのではないかな?
もうダイビングはあきらめて、P.P.Rのプライベートビーチでお日様でもあびて寝ていた方がいいのではないかね?(以上マイナス思考誘導攻撃)

まあ、いずれにせよ、仕事を離れ久しぶりの南の島で嬉しかろう。
しかしキミの絶頂期は明日の夕方までだ!!

明日の夜からキミは、私の寝息と、私がこの日の対決の為に新たに揃えた最新の装備の実力に怯え、眠れる夜をすごすのだ!!

さあ、3年前にはじまった宿命の対決の決着を、二人の戦いがはじまったこのパラオの地でつけようではないかっ!!

我が師 ノリコのもとで、4月に徹底的に修行した成果をお前に見せてやる!!

P.S 京都のお嬢さん方へ
明日いきますから宜しくね!!(仲間はずれにしないようにっ!!)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(注:前にダイビングはこの事件の1年半前にはじめたと書いたと思うが、どうもしっくりこないので、記録を確認したらこの3年前に僕と我が友は一緒にパラオに来て、我が友はその場でCカードを取り、仕事があった僕は体験ダイビングだけして、帰国してから日本のショップでCカードをとったのだった。訂正いたします)

ファックスは我が友の乗る飛行機よりも速くジリジリとパラオのP.P.Rホテルへと送られていった。

これで我が友はチェックインしようとカウンターに立つなり、部屋の鍵と共に私のこの挑戦状を渡されるはずだ。

そして京都のお嬢さん方にもこのファックスを見せるに違いない。

南の島。青い海。クリスマス。甘いロマンス(但しこれは我が友担当)そして男達の熱いバトル!!

こうして、女性の求める総てをてんこ盛りにして(?)、今、史上最大のパラオダイビングダブルデート(PDD)計画がはじまったのである!!

 

To be continue.

Uploads on coming monday!!

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2007.01.15

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(11)

成田を飛び立った僕はグアムで飛行機を乗り換え、トランジット用のロビーでバイトの高校生が売ってるグラニタ・カフェラテを飲んでパラオに向かう飛行機に乗り換えた。

パラオの空港は4度目だ。

我が友がCカードとったとき、この年の4月、8月、そして今回。

飛行機からただのトラックにつまれた荷物が運ばれてくるのだが、機材がなかった初回はともかく、機材を持ってからは、毎回グアムできちんとトランジットされているか不安だ。

こなければこないで、レンタルで潜ることもできるのだが、機材が違うと微妙に勝手が違う。

レギュレーターがレンタルなのは不安だし、僕はスキューバプロのジェットフィンを使っていたが、他のメーカーのプラスティックフィンを使ったら、水中で全然進まず凄まじいストレスを味わった。

伊豆あたりでビーチエントリーをする分には、まだいいが、パラオのようにボートダイビングでドロップオフ(絶壁のように落ち込んでる上を飛ぶようにすすんでいくのである)が多いと、いざと言うときにフィンが進まないというのはめっちゃ怖いし、レギュレーター不調で、うまく浮上できたとしても陸は見えないし、どっかのボートがみつけてくれるまで海の上をぷかぷか浮いていなければならない。

4月の時はマンタ(オニイトマキエイ)を見るジャーマンというポイントでハンマーヘッドと5mくらいの距離で出くわした僕としては、サメがそんなにめったやたらと襲ってくるものではないというのはわかっているが、それは潜水中の話しで、ぷかぷか浮かんでいる時にどうかというと全然自信がない。

唯一言えるのは、ブルーコーナーのサメが、いきなり海面に向かってダッシュしていくのを以前見たが、恐ろしい早さで、浮いている時に真下からサメにこられたら、姿を見た時にはすでにアタックされているだろうということだ。

そんなわけで、僕はフィンとレギュレーターだけは手荷物のなかに押し込み、BCやウエットスーツだけを預けておいたのだが、やっぱり荷物がこないと落ち込む。

最初のトラックには荷物がなく、二回目のトラックにもやはりなく、限りなく不安になった頃来た最後のトラックの数個のなかに僕の荷物は見つかった。

ビジネスファーストの預かり荷物はすべてこのトラックにあったのだが、普通はこの荷物が最初だろ?

ビクビクした分、怒りながら空港を出ると、ダイビングショップのヨシタニさんが迎えに来ていた。

彼は我が友の師匠であり、僕も4月に来たときウーロンチャネルをガイドしてもらった。

「円さん久しぶりですね。他にも二組お客さんがいるのでちょっとまって下さい。」

一組は若い夫婦で、もう一組はカメラ機材をもった男性だった。

夫婦をニッコーパラオ、男性をメインストリート沿いのホテルにおろすと、僕はまず手荷物のなかから、ヨシタニ師匠が大好きな某和食を取り出した。

「これ、みなさんでどうぞ」

「これはこれは。いつもながらかたじけない」

僕も海外生活者なので、海外生活での日本食差し入れのありがたさはよくわかる。

今ではパラオには日本食はなんでもあるが、当時はやっと冷凍大福が入ってきたというくらいだった。

すでにパラオに3年住んでいたヨシタニ師匠は、あまりの嬉しさに冷凍大福を毎日3個食べて、見事な中年太りになりファンを相当数失ったらしい。

「で、どうなんでしょう?チヒロのつれて来た女の子はかわいいんですか?」

「ああ、サワムラさん?まあ綺麗とかわいいの中間くらいですか?」

「ってことはどっちつかず?」

「いや、まあ、100点満点で82点ってとこでしょう。趣味いいですよ。チヒロさん」

「なるほど。で、落とせそうですか?」

「う~ん。今日は僕でなくヨシミがガイドしたんで。話によると円さんの強力なプッシュが必要な感じですが、直接はみてないのでなんとも。」

「強力なプッシュ?チヒロは日本でもうあとは告白をするばかりみたいなこと言ってましたよ?」

「そうですか?まあその辺はご自分で確かめられたら?」

ヨシタニ師匠は運転しながら複雑な笑みを浮かべた。

ぶっちゃけリゾートのダイビングインストラクターは女性に関してもやり手である。

ヨシタニ師匠に関しては、僕だってすでに5人くらい手をつけてしまった女性を知っている。

その彼が苦戦というなら多分そうなのだろう。

「因みにその子の会社の後輩の19歳という子が一緒だと聞きましたが」

「ああ、千代ちゃんね」

「そっちはどうでしょう?」

ヨシタニ師匠は僕の顔を見た。

「かわいいです。いろんな意味で」

「いろんな意味で?」

「そうです。詳しく説明しましょうか?」

「いや、いいです。自分で確かめる事にします。」

「そうそう。女性は自分の目で確かめるのが一番です。」

いったい何処を確かめているんだか・・・と言い返そうと思ったがやめた。

ガイドに逆らうと、いざというとき助けてくれないということはないが、怖い目にあわされる可能性があるのは確かなのだ。

ホテルに車がつくと、チェックイン手伝いましょうか?というヨシタニ師匠を断り、ポーターに荷物をもってもらってフロントに向かった。

どうせヨシタニ師匠の夜は忙しいにきまっている。

P.P.Rホテルは当時パラオ一のホテルで、唯一パラオでプライベートビーチがあった。

このホテルに決めたのは僕である。

ダイバーでこのホテルを使うのは、他のホテルに比べれば少ない。

ということは、ダイビングの時、他の客と知り合っても、ダイビングが終わったら顔を合わす事はまずないということだ。

オマケにプライベートビーチには人も少ないから、ダイビングが終わったあと、のんびりと砂浜をデートすることもできる。

これ以上、女性を落とすのに最適な環境があるだろうか?

フロントを抜けるとオープンエアのカフェテラスになっていて、その向こうがプライベートビーチだ。

そしてフロントの左右にコテージ式の部屋がひろがっている。

フロントを抜ける南の島の風を感じながら、チェックインの手続きをして、同室のチヒロはどうしているかときくと外出だという。

「ルームキーはあずけてあるの?」

「いえ。」

来る時間は大体わかってるんだから、普通はフロントで待ってたりするだろっ!!

なのにルームキーもったまま外出かっ!!やってくれるなっ!!

「マスターキーをポーターに。」

「かしこまりました。」

こうして僕は差し出されたウエルカムドリンクを一気飲みすると、ポーターに荷物をひきずらせて部屋に向かった。

「こちらになります」

鍵をあけてもらうと部屋は真っ暗だ。

ようやくついたというのに、お迎えもなく、本当に外出中かっ!!

なんて友達甲斐のないヤツ!!

ポーターに玄関部分の電気をつけてもらい、チップを渡して僕が部屋の中に入ると、ふくらんだ布団がもぞもぞと動き出した。

僕はあせって部屋のライトをつけた。

まぶしそうな顔をして我が友チヒロが、12月とはいえ、日本の夏のような南の島の暑さの部屋の中で、しっかり布団にくるまりながら僕を見た。

「おお、ついたか・・・」

おまえ、なんで冷房もついてないのに布団にくるまってるの?????

 

To be continue.

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2007.01.22

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(12)

今回から登場人物に京都の方が参入されますので、関西系の言葉がでてきます。でもずっと昔の事なので、「こんな京言葉はない!!」とか怒られても困ります。京言葉をご存知の方は脳内変換をお願いいたします<(_ _)>

 

12月とはいえ、南国パラオの締め切った真っ暗な室内で布団にくるまる我が友チヒロ。

なんのためにクリスマスに南の島にきたのかまったくわからん。

しかも室内は蒸し暑い。

お前はナメクジかっ?

僕はとりあえずサッシのガラス戸をあけ、室内の陰鬱な空気を追い出した。

「何をやっとるんだ?」

チヒロはベットの上にシーツと毛布にくるまったまま起き出した。

「いや、調子悪くてさあ。」

「じゃあ、外で寝ろ。」

「え?」

「外の方が温かいから。それに風邪がオレにうつったら困る。ダイビングなのに。」

「お前は鬼かっ!!なんで病人を外に寝かせる!!」

「病人なら東京で寝てればよかっただろ。オレの楽しいクリスマス休暇を邪魔する事はゆるさん!!京都のおねーさん達は二人とも引き受けるから、今夜は私に風邪うつさんように外で寝て、明日帰りなさい。」

もちろんチヒロはそんなことする訳もなく、全然同情してない僕を不満げに見ていた。

僕はとりあえずダイビングの機材をメッシュバックに移し、半袖のポロシャツに着替えた。

「市内に朝食の買い出しにいくけどどうする?」

「サワムラ達にも紹介しないといけないからいくよ。」

そういって我が友チヒロはようやくベットから起き出して来た。

なんということだ。これでは女の子達はシラけきって盛り上がりのかけらもないに違いない。

こいつには風邪の身を押しても、女の子達に、生まれてはじめての南の島でのクリスマスを楽しくすごさせてやろうという気持はないのか?

チヒロが館内電話で女の子達の部屋に電話をして10分後にフロントで落ち合うことになった。

 

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

 

フロントにいくと女の子達はすでに来ていた。

サワムラさんは子供の頃は腕白だったけど、大人になっておしとやかになりましたという感じの女の子だった。

確かに趣味としては悪くない。

でも物腰は柔らかだが、やるときはキッパリやるという意思の強さがにじんでいる気がする。

我が友のいう、ウエット脱ぐのも恥ずかしがるようなっていうのは、ちと違うな。

そう簡単には脱がないが、脱ぐとなったらババッと潔く脱ぐタイプに見える。

サワムラさんがチヨを僕に紹介した。

「こんばんわ」チヨが関西系のイントネーションで頭を下げた。

「か、かわいい・・・」僕は言った。

「え?わたしですか?ほんま?うれしいわあ。」

「うん。凄くかわいい。モンチッチとして。」

確かにチヨはあらゆる意味でモンチッチにそっくりだった。

まず髪型がそっくりだし、顔もそっくりだ。

元気の良さそうなところもそう。

僕の思う京都の女の子というイメージからは限りなくとおく、あえていえば鞍馬山のやんちゃ猿のお姫様みたいな感じだった。

で、僕はその通りの事を本人に言ってやった。

「うわ~ん。サワムラさ~ん。会ったばっかしなのにいきなり東京モンにイジメられたあ~(T_T)」

ノリもなかなかいいな。

「まあまあ、そう泣かないで。お兄さんが美味しいバナナ売ってる所に連れて行ってあげますからね。」

「いらないよっ!!バナナ昨日買ったモン!!」

「なるほど。やはりバナナは真っ先に仕入れないと生きていけないわけですね?」

「そんなことない!!」

「で、どう?やっぱ日本のバナナよりパラオのバナナの方が美味しい?モンチッチとしては?」

「き―――――っつ 誰がモンチッチやのん!!」

「そっか。鞍馬山には鏡がないからねえ。」

「鞍馬山じゃないですうっ!!市内ですっ!!」

そんな事をやっているうちに、我が友チヒロがフロントに頼んだタクシーがやってきた。

女の子の前だと良く働くね(-_-)

タクシーでメインストリートのスーパーについ