恐怖!!台湾夜話(プロローグ1)
それは大学四年の卒業旅行の時。ゼミの3,4年生合同旅行で台湾にいった僕を前代未聞の心霊事件が襲った!!
僕とヘルニア友人とモトちゃんが、まだ大学生だったころ。
ぼくら三人のゼミでは、毎年3年、4年が合同で1月末に卒業旅行にいく習わし(!)があった。
僕等が三年生の頃の先輩は数人をのぞき、(自分たちで)やる気のない人が多く、その癖、新しいことをやりたがる困った先輩達だった。
もちろんこの時の卒業旅行も、僕たち三年に丸投げされた。
いくら卒業旅行は、バスを借り切っての温泉旅行が習わしとはいえ、あんまりである。
大体自分たちの卒業旅行じゃね~かっ!!
僕等のゼミの顧問教授は、広報課に自室を持っていたので、研究室はゼミ生に開放していた。
そのゼミ室を根城にしていた僕とモトちゃんは、ある日顔を合わせると「はあ~」とため息をついた。卒業旅行の企画を出さなければならない時期になっていたからである。
「卒業旅行 どうするんかね~?」
モトちゃんが言った。
「ここだけの話だけど、結構憂鬱なんだよね。卒業旅行っていえば夜は宴会部屋でお酒つぎまくって、大変でしょう?俺、そういうの嫌いだからさ」
モトちゃんはデビューを控えたパンクバンドのドラマーだが、酒屋でバイトもしている。
僕は「そうなったらお願いね?」という気持を込めてモトちゃんを見た。
「いや~ そういうのは俺、なれてっからいいんだけどさあ~。でもXX先輩と○○先輩はともかく、他の先輩達と2泊3日一緒ってど~よ?」
「俺、△△先輩も大丈夫」
「それ女っしょ?」
「そうだけど。じゃあ、聞くけど、同じ女でも▽▽先輩はモトちゃん大丈夫?」
「ダメ。絶対ダメ」
僕等二人にはにが~い経験があったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これに先立つ事4ヶ月。
僕等のゼミは学園祭に屋台を出すことになっていた。
それもゼミの昔からの習わしだったのだが。
何をやるかを、3,4年の合同で会議する前日。
僕、モトちゃん、そしてヘルニア友人の三人は「ともかく簡単なの」ということで一致していた。三年はほかにもいるが、それぞれの同好会があるので、ゼミの屋台なんて手伝ってくれるとは思えない。そうすると、屋台の運営は当然僕たち三人と4年の同好会やらクラブに属していない人たちの肩にずっしりとのしかかる事になる。
「とりあえずさあ~ チョコバナナにしようよ。溶かしたチョコにバナナ突っ込めば良いだけだし、バナナなんてそこいらのスーパーでいくらでも売ってるから、事前に大量に仕入れる必要も予約する必要もないじゃん。学園祭に来るガキも女の子も喜んで食べるしさ。料理簡単、仕入れ手間ナシ、若い女の子にも大人気じゃん」
「円もたまにはいいこというな。俺としては更に女の子の客を増やす為に、トッピングをすることを提案する」
「さすがは大将!!他のゼミもチョコバナナはやるかもしれないから差別化しないとね」
モトちゃんがヘルニア友人に言った(当時は大将と呼ばれていた)
こうして僕等三人の「料理簡単、仕入れ手間なし、女子高生ジャンジャン(いつの間にか対象が縮んでいる・・・)のチョコバナナ屋台計画」は完璧に完成したのだった。
そして会議当日。
教授が楽しそうな顔で言った。
「で、今年の学園祭の屋台は何をやるんだね?」
もちろん僕等は黙っていた。こういう場合、4年生の意見が先である。だが、4年生には確たるビジョンはないと僕等は踏んでいたのだ。
だが・・・・・
「う~ん」
一番扱いにくく、こういう事には興味がなさそうな先輩が口をひらいた。
「屋台といえば、団子っしょ」
え?
「そうだな」
「団子にしよう。団子」
「団子できまり!!」
やる気のない4年生達は、考えるのが面倒なので、皆「団子」という意見に賛成した。
「じゃ、団子って事で。予算その他は通しておくから、モトヤマ一週間前に運営委員会に取りに来て。じゃあ、かいさ~ん」
モトちゃんはいつの間にか運営費の管理までやらされる事になった。
そして学園祭一週間前。
「大将にも声かけてあるんだけど、円もちょっと一緒に来てよ」
モトちゃんが僕を校舎裏に連れて行った。
そこには無造作に材木が積まれている。
「何?これ?」
僕はモトちゃんに聞いた
「・・・・・・・・・」
「おおっ!!なんだよこれはっ!!」
かったるそうに歩いてきた大将=ヘルニア友人の声がした。
「俺達の屋台だってさ」
モトちゃんがふてくされたように言った。
「ゲッ!!」
僕とヘルニア友人は顔を見合わせて言った。
「円。今、俺達ハモったよな?」
「ハモった。」
「うん。」
何がウンだかわからないが、僕とヘルニア友人は屋台は組み立て式らしいと推測した。
「残念。これはタダの材木です」
モトちゃんが意地悪そうに言った。
「ゲッ!!」
僕とヘルニア友人がまたハモった。
「この材木と、今、運営委員会からもらった二万円で、屋台を完成させ、団子を仕入れなければなりません」
モトちゃんが言った。
今度は僕もヘルニア友人もハモらなかった。
お互い顔を見合わせただけだ。
「一週間で?」
「一週間でです」
「団子の仕入れはどうなってるのさ?」
「未定です」
「っていうより、何団子を作るんだ?」
「団子です」
僕とヘルニア友人はあわてているが、モトちゃんはすでにコンピュータ管制に切り替わっていた。衝撃がでかすぎたらしい。
「まて、状況を整理だ。俺達は材木と2万円がある。まず、材木を組み立てて屋台をつくる。屋台のデザインと組み立ての人間がいる。団子はまず、何団子を作るか考えなければいけない。屋台の塗装なんかで5000円かかったとして1万5千円あればとりあえず最初の仕入れはなんとかなるだろう。団子の仕入れ先をまず決めて、副原料を仕入れなければいけない。とりあえずそんなところでどうだ?」
パチパチパチ。
僕とモトちゃんは校舎の裏で拍手した。さすがは二歳年上。社会人経験あり。いざというときには頼りになる男、ヘルニア友人。
「この時間ならM先輩がゼミ室にいるぞ」
僕は言った。
「言い出しっぺだから、団子の仕入れ先くらい知ってるかも。それに屋台作るのには四年生にも協力してもらわないと。とりあえずゼミ室行こう」
僕等三人がゼミ室につくと、M先輩と▽▽先輩がいた。
「先輩。木材と資金をもらってきました」
モトちゃんが言った
「おう」
「あの~ 団子って事ですが、何団子を作るんでしょう?」
こういうときの担当はすべてモトちゃんの役目だ。
下手すると彼らより年上かもしれないヘルニア友人も、ハードボイルドな僕も、彼らを「先輩」と呼ぶような気持は持っていない。
「知らん」
やっぱり・・・・・
「団子の仕入れ先とかは?」
「知らん」
やっぱり・・・・・
「じゃあ、誰が知ってるんですか?」
流石のモトちゃんもキレかけた。
「誰も。俺達は団子やるって決めただけだから」
「じゃあ、なんの計画もなく、ただやりたいからやるといっただけですか?」
危険だ。キレたパンクロッカーは危険過ぎる。ヘルニア友人がさりげなくボルテージがあがったモトちゃんの背後にまわった。
「そういう事だな」
モトちゃんがキレるより早く、僕は女性の▽▽先輩に言った
「材木を屋台に組み立てるのに、人数がいるんですけど」
「4年は忙しいから、そんな事はあんたらでやんな」
ブチっ!!
狭いゼミ室が急激にキナ臭くなった。
翌年には髪の毛をオレンジに染め学園を闊歩するパンクロッカーが一人。
翌年には堂々と職員エレベーターを使い、院生に頭を下げられると軽くうなずいてみせ、授業にもサングラスででる、めっちゃ態度でかいハードボイルド学生が一人。
共にキレている。
世慣れしたヘルニア友人だけが平静を保っているが、あとの二人はさすがに状況が危険な事に気づいたようだった。
「俺達は、授業でるから・・・・ちゃんとやっとけよ!!モトヤマ!!円!!」
そそくさと部屋を出る先輩二人。
1分後、ゼミ室は蹴飛ばされたパイプ椅子のガシャーン!!という音と、机を思いっきり殴りつける音に満たされた。
「気がすんだか?」
一流の進学高を卒業したあと、何故か土方や、キャバレーの呼び込みをやり、こんなんじゃいけないと、入れる大学にはいったというヘルニア友人が言った。
『「知らん」だとさ!!』
『あの腐れマ○コ、俺の事を「あんたら」とかいいやがったぞ!!』
『「そんな事」ならおまえ等がやれっつ~んだ!!』
「何にも考えてないくせに、やりたいこというんじゃね~よ!!ハゲ!!」
僕もモトちゃんも最大限に口汚く罵りつづけた。
「それくらいにしとけ。」
しばらくしてヘルニア友人が冷静に言った。
その時には僕等も若干冷静さを取り戻していた。
「ともかく四年は役にたたないことが明確になった。屋台は俺がフランス語のヒマなヤツ集めてなんとかするから、モトちゃんと円は団子の仕入れと生産をなんとかしろ」
「そういえば駅前の商店街に団子屋があった。バイト先の店長と知り合いだからなんとか団子わけてもらおう」
「何作る?」
「団子といえばみたらしとあんこだろ?」
「みたらしはダメだ。タレをスーパーで見たことないし、団子焼かないとならないし。」
「でもあんこだけでは・・・」
「ゴマ砂糖にしよう。それならどっちも団子茹でてあっためたあと、まぶせばいいだけだから」
「じゃあ、屋台には団子茹でるスペースとあんことゴマ砂糖まぶすスペースがあればいいな?」
「できたもん並べておくスペースと、ゴマや、あんこや、団子といった原料副原料おいとくスペースもいる」
「じゃあこんな感じか?」
ヘルニア友人が簡単なデザインを紙に書いた。
パチパチパチ
僕とモトちゃんは再び拍手をした。
一週間後、団子屋台は無事オープンした。
四年生の手伝いも差し入れも一切なかった訳だが・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
長くなった。
ともかく、僕とモトちゃんには四年生に「嫌い」を飛び越えて「許せない」ヤツが複数存在するということは理解してもらえたと思う。
「大部屋とかで一緒に寝る事になったら最悪」
僕もモトちゃんもうなだれてしまった。
しかもバス貸し切り二泊三日大旅行の費用は一人6万円もする。
六万円も払って許し難いヤツと二泊三日一緒で、しかも「先輩、先輩」とか呼ばなくてはならない。
下手をすると芸とかさせられるかもしれない。
その時ガチャリと音がして教授が現れた。
「おお、君たちいたのか」
教授は学園祭の団子屋が利益もだせて、ほかのゼミの教授や助教授から「XX先生のところはうらやましいですなあ~。ちゃんとゼミで屋台まで出せて」などと言われていたので、僕たちには極めて愛想がいい。
僕はすかさず教授にお茶だしをした。
ずずっとお茶をすすった後で教授が聞いた。
「で、何を話していたのだ?」
僕とモトちゃんは顔を見合わせた。
「え~と。大旅行なんですが、温泉旅行とかもマンネリかな?とか思ったりして」
「ん。マンネリか?」
「いや、別にイヤだって訳でもないんですが、せっかく一生に一度の学生時代だし、変わったことやるのもいっかな?とかいってたんだよね?モトちゃん」
「はあ~。まあ、そんなとこで」
モトちゃんも教授の表情をうかがいながら言った。
僕等の考えはこうだ。
大旅行の取りやめは絶対できない。毎月積み立て金も出しているし。
それならせめて一泊二日にして、お金と時間を節約しよう。
「ん~。まあ、それもそうだな。どうだ。この際、海外いってみるか?丁度前代未聞の円高だし、韓国の釜山くらいなら、同じくらいの料金でいけるんじゃないか?」
「か、海外ですか?」
確かにこの数年で1ドル230円だったのが、130円台になっていた。
だが、若者の海外旅行ブームがおこるのは、まだ3~4年ほど先の事だ。
当時は海外旅行というだけで、かなり大それた事だった。
そんなこと出来るのはリカちゃんのパパくらいで、しかも彼は(僕の記憶が正しければ)パイロットだ。
「丁度ゼミのOBが独立して旅行会社はじめたばっかりだしな。彼に聞いてみてやろう。それにうちのゼミは国際関係学科だしな。決行することができれば本学のゼミ始まって以来の海外卒業旅行になるぞ」
僕とモトちゃんは理解した。
教授は絶対に「本学始まって以来の海外卒業旅行をしたゼミの教授」になりたいに違いない。そしてほかの教授達から「先生のところはうらやましいですなあ~」と言われたいに違いない。
なかなかかわいいじゃないか?
「えっと、先生。海外旅行って事は泊まるのは旅館でなくてホテルですよね?ツインとかの?」
僕は念の為に確認した。
「あたりまえだろ。円君のお父さんは中国貿易だろ?海外に旅館がないこともしらんのか?」
そうだった。リカちゃんのオヤジ以外にも日本と外国を頻繁に行き来するヤツが身近にいた。
でも当時の国際関係学科の学生さんでも、英語圏=外国。非英語国=発展途上国という概念が頭にこびりついていた時期なんで気がつかなかったよん。
そんな訳で、僕等は教授の野心の為(?)に、あれよあれよという間に釜山に旅立つ事になってしまったのだった。
台湾じゃないのって?
それは来週くらいの話。
今回と次回はプロローグなんですっ!!
To be continue.
Uploads on coming monday!!
see you (^_-)
