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2011.09.11

さよならおかあさん

8月の末 母がこの世を去った。

子供の頃、夕方東中野の駅まで弟と妹と母とで父親を迎えにいったこと思い出したなあ

あの頃は、結構お金的には大変な時期だったと思うけど、でもおやじが独立したあとみたいな不安定さはなかったし、「家族」としては、私たちはあの頃が一番幸せだったんじゃないかと思う。

父が独立して、綱渡りみたいな時期がずいぶん続いて、その後私も、弟も父の仕事を手伝うようになったら、数年間はそれまで以上の綱渡りになったけど、後には一気に楽になり、私たちも十分なお給料をもらえ、おそらくお金の面では苦労続きだった母親も、老後の心配をする必要がないくらい蓄えをすることができた。

私が父の仕事を手伝うことにして、中国にいくことにしたとき、母は「そんなことして会社がつぶれたらみんな路頭に迷ってしまう」と泣き、私は「息子が言葉もわからない国いって仕事する覚悟きめたのに、なんでがんばってきなさいっていえないんだ!!」と泣きながら怒鳴ったこともあったなあ。

結婚した弟、妹とは違い、今に至るも独身の私は、父が中国出張したときには、よく母親と二人で夕食を食べにいった。

10年前、私が心臓をやみ、現代医学では原因も治療法もありませんが、五年程度の延命方法ならないわけではありませんと言われたあとには、「子供が親より先に逝くなんて、一番の親不孝なんだよ。せめて私のあとにしなよ」と泣きながらいってたっけ。

20の頃に『葉隠』読んで、「死」に対しては腹くくっていた私には、なぜ母が泣くのか、今ひとつピンとこなかったけれど(^_^;)

喧嘩もなんどかしたけれども、基本的には仲よかったよね。

最後の一年は目をあけることがあっても、どこみているのかわからなかったけど、死ぬ30分程前に「となりは公園だよ。私の家も実家も、すぐ近くだから頑張れるなら頑張ってもどろうよ」と話しかけたら、開けられるほうの左目だけあけて、その時は目玉を動かして私をしっかりと見つめ、涙をうかべて一生懸命何かいってくれたよね。

「頑張れたらでいいんだよ。頑張れなかったらおじいちゃんもおばあちゃんも迎えにきているから。死ぬか生きるかじゃないんだよ。私たちのところに帰るか、おじいちゃん達のところに帰るかだけだから、なんにも心配いらないよ。」そういったら静かに目を閉じて。

私にだって悔しいことはいっぱいあるよ。

もし病を抱えることなければ、結婚もしたろうし、もっと早く隠居させて、大好きな社交ダンスしながら楽しく、もう少し長生きさせてあげることができたろうにって。

でもね、私はこの病を得たことで、ようやく学ぶことができた事がいっぱいあるんだよ。

だから、親孝行が足りなかった分は勘弁してね。

家族のことよりも自分のこと優先させる癖がある父親のもとで、私たち三人を育ててくれたあなたの苦労に見合うものは、まだ何もかえせてないと今の私は思うよ。

だからもし今度、お互い生まれ変わることがあったら、今度は私にあなたの父親をやらせてください。

そしてめいっぱい私を苦労させてください。

あなたは優等生すぎるんだよ。どんなに食事に気を使っても、そんな生き方じゃ体に悪いよ。

そして初孫として私のことをかわいがってくれたおじいちゃんへ。

あなたが娘と接した以上の時間を、私は息子として母に接したけれども、あなたが娘にそそいだ愛情の半分も、私は母に対して注げなかった気がします。ごめんなさい。

でも、どうか今は、母の魂が安らかでいられるよう受け止めてあげてください。

お叱りの言葉は、私の死後にお受けいたします。


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