憂鬱なダックちゃん(9)
「これみてくれよ」
ヨシさんがよこしたのは、日本の新聞の国際政治欄だった。
何々?
中国で地方政府が市民の戸籍を限定で販売したが、農民からの応募が予想以上で、これを許可すると農政に響く可能性もあると北京政府が戸籍の販売を禁止した・・・・
「これってダックちゃんの言ってた奴ですね。」
「だろうな。」
「やっぱ農民は農民のままなんですね。」
「ま、農民は農民でいいんじゃねえか。」
「円さんとヨシの善意も政府の前には無に帰したか。」
二代目社長が笑いながら言った。
「ダックの奴はもうしってるんでしょうか?」
「知ってるだろ?日本の新聞にのってるくらいだから。」
「じゃあ、お金返ってくるんですかね?」
「そりゃ帰ってくるだろ。」
ヨシさんは心なしか嬉しそうだ。
ダックちゃんにあげたつもりの5000元が返ってきたら、そのお金できれいなお姉ちゃんと仲良くするつもりに違いない。
しっかし中国語もたいして話せるわけではないのに、よくもまあ・・・・
それはともかく、一階におりると、チョビと工場長がいた。
「チョビ~。夕方ピザハット行ってピザ買ってきて。」
しばらく前に、この街にも初めて外資系のチェーン店ができた。
それがピザハットだ。
マクドナルドや、ケンタッキーも進出を考えているという噂があったが、実際にやってきたのは一年後で、ピザハットが一番早かった。
もっとも中国人は伸びるチーズが苦手らしく、あまり好評ではなかったが、ピザ好きの僕からすれば、ここでの生活が格段にしやすくなった。
「なんであたしがっ!!」
「いいじゃん。夜勤の工員の分も買ってきていいから。10枚くらい買ってきてよ。運転手に車出すようにいっておくからさ。」
「えっ?10枚も?なんで今日はそんなに気前がいいの?」
「なんで今日はって、ジュースでもなんでも、月に一度くらいは工員全員にご馳走してやってるだろうがっ!!」
もちろん自腹だ。
でも原料の規格がちがったりすると、6時間で終わる作業が、12時間かかったりすることもあるから、そんなときには細かくケアしなければならない。
こういうのは気分の問題で、現場が大変なのを上はきちんと認識しているという事を伝える事に意味がある。
合弁会社の運営というのは、結構気を使うのだ。
まあ、会社に領収書渡せば、ちゃんとお金は返ってくるのだが、ピザハットのピザとなると話は別で、ぐちゃぐちゃと言われる可能性もある。
数千円のお金でぐちゃぐちゃ言われて、オマケに「自分が食べたいからといって、贅沢な外国のチェーン店のものを夜食に注文している」なんて上の方に報告されるのも面白くない。
というのは表向きの話で、実際の所、5000元が返ってきても、僕にはピザハットのピザを食べるくらいしか、お金の使い道がなかったのだった。
(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)
一週間が過ぎたが、ダックちゃんの方からは何もいってこず、僕やヨシさんからもダックちゃんに尋ねる事はしなかった。
っていうか、尋ねるヒマもないくらい仕事が忙しくなってきたのだった。
そんなある日、帰宅するまえの引き継ぎで、生産管理課長を待って新聞を読んでいた工場長が、「あっ」といった。
「これ、見ました?」
工場長から渡された地元紙を読むと、上海近郊の村で、市民の戸籍を売り出したが、おしかける農民でパニック状態になったので、中央政府が地方政府が勝手に戸籍を販売することを禁止することにしたと書いてあった。
「ああ、同じような内容の記事、一週間くらい前に日本の新聞で読んだよ。」
「ダックちゃんの甥、農民のままですね。」
「いいんじゃない?農民は農民で。」
しばらくして、生産管理課長とダックちゃんが一緒に事務所に入ってきた。
工場長がダックちゃんに新聞を渡した。
「知ってますよ。」
ダックちゃんは明るく言った。
どうやら知らなかった訳ではないらしい。
なんだ?だったら早く返せよ!!それともお姉さんが田舎から現金を持ってくるので、時間がかかるのだろうか?
引き継ぎが終わった生産管理課長がトイレに行き、事務所でダックちゃんと二人きりになったとき、僕はダックちゃんに聞いてみた。
「で、市民権が買えなくなって、お金はど~なるのよ?」
ダックちゃんは驚いたような顔をしていった。
「あのお金は豚をかっちゃいましたよぉ~っ」
「え?」
「子豚を買ったんです。子豚が大人になればまた子豚を産んで、それを売れば円さんにもヨシさんにもちゃんと期限通りにお金返せますから。」
「子豚・・・・」
「はい。甥っ子達も可愛いと喜んでいます。」
(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)
「というわけで、僕等が渡したお金は、子豚になったそうです。」
翌日、僕とヨシさんと二代目社長がお昼を食べている時に、僕はヨシさんに言った。
「う~ん。まあ、オレらの気持からするとあくまで、子供の戸籍を買う為に貸した金だけどな。確かにそういうことは借用書には書いてはなかったよな。」
「すいません。」
「いや、そういう意味じゃないって。」
「はあ。わかってはいますけど、一応いっとかないとまずいかなって。」
「でもいいじゃないか。戸籍になったら金が返ってくるかどうかわからないけど、子豚になったら死なない限り戻ってくるだろ?」
二代目社長が鯛の丸焼きをつつきながらいった。
ここいらではタイは高級魚ということはなく、日本向けに養殖してたりするので、値段も安い。
「でもオレ等の気持としては、金をそのまま返して欲しいよなあ。一年後じゃなくて今。」
「そうですねえ。別にダックの家族を豊かにするために貸した金じゃないですから。」
「なんか考えると腹がたつな。」
「生まれた子豚が売れなくて、5000元を子豚で返されたらどうします?」
僕はヨシさんに聞いてみた。
「よしてくれ。えさ代やらなんやらで、余計金がかかるって。」
「でもカラオケのお姉ちゃんにあげたら喜ぶかもですよ?」
「料理してから持ってきてくれって言われるだろっ。」
「毎日子豚の丸焼き食べられますね。あれ、皮の所おいしいですよねえ~。」
「いや、円さんそんな事言ってる場合じゃないって。」
「でももう僕等のお金は子豚になっちゃてるんだから、今から金返せ!!って言ったところで子豚しか返ってこないわけですよ。5000元分の子豚。つまり5000コブタです。」
「社長!!なんか言ってやってくださいよ!!円さんおかしくなってるってっ!!絶対!!」
「私の5000元が5000コブタにい~っ。」
「こわれてるって。社長!!円さんが壊れてるっ!!」
「まあ、なんだな。本人に金がなくても、そいつの周りに金持ちがいれば、そいつが頭おかしくなるくらいせっつく事で、周りのお人好しの金持ちが、金出してくれると。」
二代目社長が、ほぐした鯛の身をご飯の上にのせて、烏龍茶をかけながら言った。
この烏龍茶漬けがなかなか旨いのだ。
「くっそ~。ダックの姉貴のやつ、最初から俺ら日本人の金が狙いだったのかっ!!」
「まあ、そう怒るなよヨシ。貧しい中国人に子豚長者になるチャンスあげたと思えばいいじゃないか。」
「そうですよ。子豚長者になったら、きっと子豚を100匹くらいヨシさんにくれますよ」
「いや、子豚なんていいって!!金返せよ金!!一年後でいいからちゃんと金返せってダックにいっとけっ!!」
(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)
一年後、ダックちゃんは5000元きっかりを、僕とヨシさんに返してくれた。
もちろん借用書に書いたとおり、金利はなしだ。
お金は5000元返ってきたが、その時には貸した時より、為替レートが20%ほど変わっていたので、日本円換算にすると、その分だけ、ぼくらは損をした。
「あいつの姉には気持ってもんがないのか?金利つけなくても、自分とこでとれた野菜もってくるとかよお。」
「共産圏ですから。お金持ちからとった金にそんなものは必要ないんでしょ。それに野菜っていったって子豚のうんこで育てた野菜ですよ?きっと」
「いらね。そんな野菜いらね。もうオレは日本に帰りたい!!生涯化学肥料で育てた野菜以外食べない!!」
ヨシさんはその半年後に日本に戻った。
僕はその一ヶ月後に、契約を五年できりあげて日本に戻った。
ダックちゃんは僕がやめると同時に、別会社にうつった。
三年ほど後、出張で中国にいったときに、空港で偶然ダックちゃんと出会った。
「そういえばさ、甥っ子達どうしてる?」
「元気ですよお。今は学校休みの時には、姉たちの手伝いして豚を育てています。うちは今では村一番の豚持ちです!!」
今頃、中国の田舎のどこかには、僕等の善意のお金で、市民にこそなれなかったが、子豚長者になった若者が約2名いるに違いない。
see you (^_-)
次回は9月から。でもゆんたくアクマちゃんはやります。多分・・・
