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2006.12.25

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(10)

僕は中国水虫におかされた手をじっとみた。

信じられない。

水虫って足だけじゃないの?

いや、確か子供の頃借りたコミックでみた「男おいどん」とかでインキンタムシと水虫は同じと書いてあった気もするが・・・

手に水虫なんて話はきいたことがない。

これではパラオにいって、握手したとたんに女の子に水虫がうつってしまうかもしれない・・・・

最悪だ・・・

手の平にぽつぽつとあいた皮膚の破れ穴を呆然として見ていたそのとき、僕の頭に天啓が閃いた。

『魁!!男塾』

そう、そのなかの男塾死天王の一人、卍丸が極めた技に列舞硬殺指というのがなかったか・・

・・・・・・・・・・・・ 

烈舞硬殺指…
中国拳法史上その暗黒の存在として恐れられる魍魎拳法最大の奥義である
これを修行し極めんとする者は底が厚さ三十cmある御影石でできた石漕に 骨をも溶かす竜硝酸を満たし 一月ごとにその濃度を一%ずつ濃くしていき 底の石を割ろうとした
日に何万回と突きをくりかえし修行すること十年 濃度百%に達した竜硝酸に耐えるスピードが拳についたとき 底石をはじめて割ることができるという
多くの者は途中で指をつぶし 底石を割れる者は万人にひとりもいないといわれる

中津川大観著 時源出版刊行
『中国拳法裏面史』より

・・・・・・・・・・・・・

「骨をも説かす竜硝酸を満たし・・・・」

これだっ!!

酸ならおそるべき香港癬を撃退できるに違いない!!

僕はキッチンへいくと、キッチンハイターを取り出した。

キッチンハイターはもちろん塩酸が主成分である。

もう、これに賭けるしかない・・・・

僕はバスルームにいくと、洗面器にキッチンハイターをどぼどぼと注いだ。

でも、流石に原液に手足を漬ける気にはならなかった。

しかし薄すぎては効果が期待できないかもしれない。

とりあえず倍に薄めて匂いをかいでみた。

プールの匂いがかなり強烈に漂う。

指の先をちょこんと入れてみたが、当然の如く、指が溶けたりはしなかった。

いける!!これならいける!!

僕はまず手を洗面器に漬けた。

ヌルリとした溶液の中に手をいれると、2分間そのままにした。

2分がすぎると洗面器から手を出し、洗うべきか洗わないべきか考えた末、洗わずにそのまま乾くにまかせて両足も漬けた。

足は5分漬ける事にした。

こちらも洗面器から出した後、ヌルヌルしたまましばらく足をあげて乾くまでまった。

大丈夫だ。

肌は見た目なんともない。

これは効果が期待できるかも ̄m ̄

手足が乾いたあと、僕は水虫の薬を塗ることなく、布団のなかに入った。

なんだかえらく塩素臭かったが、痒さを感じることもなく、僕は眠りについた。

 

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

 

翌日目が覚めた僕は、手も足も痒くないのを確認した。

やったか?

流石の中国製水虫、香港癬もキッチンハイターの前にはなすすべもなく、僕の体表で死滅したのだろうか?

恐るべしキッチンハイター!!

その日の午前中、僕は水虫の薬もつけずに会議に出たが、まったくかゆみはなかった。

多分成功!!おそらく成功!!

おひるご飯をごちそうになり、自分の会社に帰ってくると、僕はまずパラオのダイビングショップにむけて、我が友のクリスマス作戦を知らせ、ガイドさん達に協力してもらうよう頼んだファックスを送った。

なんて素晴らしい友情なんだ!!

そしてさらには、我が友が狙う彼女とお猿の千代を盛り上げてやるべく、パラオのホテルに我が友にあててファックスを送った

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P.P.R HOTEL
Please pass this FAX Mr.CHIHIRO H(from Japan).He Will reach your Hotel tonight.

挑戦状

我が友チヒロ 江

フフフフ 1日がかりのフライトはどうだったかね?いつも飛んでいる私と違い、なれない気圧の変化で耳がいたかろう?明日の耳抜きはちゃんとできるかな?機内の乾いた空気で喉も痛かろう。出発前にひいていた風邪もひどくなったのではないかな?
もうダイビングはあきらめて、P.P.Rのプライベートビーチでお日様でもあびて寝ていた方がいいのではないかね?(以上マイナス思考誘導攻撃)

まあ、いずれにせよ、仕事を離れ久しぶりの南の島で嬉しかろう。
しかしキミの絶頂期は明日の夕方までだ!!

明日の夜からキミは、私の寝息と、私がこの日の対決の為に新たに揃えた最新の装備の実力に怯え、眠れる夜をすごすのだ!!

さあ、3年前にはじまった宿命の対決の決着を、二人の戦いがはじまったこのパラオの地でつけようではないかっ!!

我が師 ノリコのもとで、4月に徹底的に修行した成果をお前に見せてやる!!

P.S 京都のお嬢さん方へ
明日いきますから宜しくね!!(仲間はずれにしないようにっ!!)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(注:前にダイビングはこの事件の1年半前にはじめたと書いたと思うが、どうもしっくりこないので、記録を確認したらこの3年前に僕と我が友は一緒にパラオに来て、我が友はその場でCカードを取り、仕事があった僕は体験ダイビングだけして、帰国してから日本のショップでCカードをとったのだった。訂正いたします)

ファックスは我が友の乗る飛行機よりも速くジリジリとパラオのP.P.Rホテルへと送られていった。

これで我が友はチェックインしようとカウンターに立つなり、部屋の鍵と共に私のこの挑戦状を渡されるはずだ。

そして京都のお嬢さん方にもこのファックスを見せるに違いない。

南の島。青い海。クリスマス。甘いロマンス(但しこれは我が友担当)そして男達の熱いバトル!!

こうして、女性の求める総てをてんこ盛りにして(?)、今、史上最大のパラオダイビングダブルデート(PDD)計画がはじまったのである!!

 

To be continue.

Uploads on coming monday!!

see you (^_-)

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2006.12.18

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(9)

我が友が京都、旅行会社、ダイビングショップと連絡をとり、一応22日出発の26日帰国で仮予約をした。

僕の方も帰国後のスケジュールを調整したが、帰国日は20日で問題ないものの、会議は22日になるという。

僕は仕方なく旅行会社とダイビングショップに連絡して、自分の分だけスケジュールの変更をお願いした。

僕はどちらとも良好な関係を保っていたので、何も問題ないですと返事をもらい、ついでに飛行機の席をビジネスクラスにしてもらった。

いや、これは決して贅沢ではなく、僕の肩幅は外人規格であり、Yクラスだと隣の席の人が迷惑するのである。

そんな感じで、なんのとどこおりもなく手配はすんだ。

僕は20日の朝、会社の車で空港までおくってもらい、香港へととび、香港で往復のファーストクラスのチケットを購入した。

当時東京でノーマルのYクラス往復チケットを買うと9万くらいだったが、香港でファーストクラスの往復のチケットを買っても、14万程度だった。

ビジネスクラスまでの料金は会社がもってくれるので、僕は往復で2万円ほど出せばよかった。

これも贅沢なのではなく、一人で荷物をもってトランジット時間の長い旅をすると、途中トイレで荷物をおいていかなければならなくなることもあり、そんな時に麻薬を入れられたり、荷物を盗まれたら大変だからなのである。(本当か?)

チケットを購入して再度チェックインすると、ファーストクラスラウンジに荷物をあずけ、免税店で妹と母にクリスマスプレゼントを買った。

そしてラウンジに戻ると日本の新聞を読みながら、ペリエとサンドイッチと多分クノールの缶詰のマッシュルームスープを飲みつつ搭乗時間を待った。

機内ではウオッカで大量のキャビアを食べて、映画を見終わると今度は機内にある日本の週刊誌を読み始め、新潮、読売、朝日、文春と読み終わったところで飛行機の外には光きらめく日本の夜の世界があらわれた。

国の経済力は、夜の飛行機でその国に行くとよくわかる。

暗闇のなかに無数の光がひしめくこの大地が僕の国なのだ。

そのころ僕は中国での生活には慣れていたが、中国に戻るときの飛行機の窓から見える寂しい夜景にはいつまでたっても慣れなかった。

まあ、今は違うだろうけど。

成田ですべての荷物を宅急便に出し、身一つで成田EXにのって新宿に向かった。

新宿に近づくにつれ、夜は夜でなくなり、僕が本来属している世界が戻ってきた。

総ての人が日本語を話していて、誰がしゃべる事も、みな理解できるのに軽く違和感をおぼえた。

中国では、僕が明確に相手の話を聞こうと意識しない限り、人々の会話は雑音にしかすぎない。

自宅の最寄り駅につくと、立ち食いそば屋がまだ開いていたので、かき揚げそばを食べた。

日本に帰ったら、まずは立ち食いのかき揚げそば!!というのが僕の帰国ルールだ。

コンビニに入って、雑誌を数冊とアイスクリームと牛乳を買い家に戻った。

肩までつかれるバスタブに入るとようやく日本に戻ってきたという実感がわく。

ああ、日本ってすばらしい!!

 

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

 

翌日10時頃に目を覚まし、トイレで新聞を読み、着替えてから自分の会社にむかった。

出勤前に会社近くの寿司屋で食事をしてから会社に顔を出す。

挨拶だけして家に帰ると、ダイビング機材をスーツケースに詰め、あさっての出発に備えた。

しばらくすると我が友から電話がかかってきた。

「おう!!帰ってきたか?」

「うん。」

「俺達は明日いくから。」

「ついにPDDだな!?」

「そうだ!!PDDだ!!」

「ところですっかり聞き忘れていたのだが・・・」

「なんだ?」

「オレのPDDの相手はどんな子なのだ?」

「お前のPDDの相手か?」

「そうだ。千代だ。」

僕は我が友がスケジュール相談の手紙に書いていた名前をいった。

「千代か・・・・」

な、なんだ?この不穏な間は?

こいつまさか何か隠してないだろうな?

「お前、なんか隠してないだろうな?」

僕は我が友に言ってみた。

自分の狙っている女の子の事はあれほどぺらぺらと話したのに、何故千代について情報を提供しない?

「かくしてなぞ・・・・単にお前をびっくりさせてやろうと思っただけだ。おどろけよ。千代は生まれも育ちも京都なのだ。」

「それは聞いた。」

「しかもだな~。これをきいたらお前は絶対おどろくぞ。生まれも育ちもバリバリ京都の彼女は、な、な、なんと19歳なのだ!!」

「・・・・・・・(-_-))」

「どうした?嬉しすぎて言葉も出ないか?そりゃそうだ。あさってからお前は19歳のピチピチ京都ギャルとPDDだからな。」

「お前の彼女はいくつだっけ?」

僕は静かにきいた。

「28だ」

「とりかえろ!!」

「はあ?」

「19歳ピチピチ京都ギャルはお前にやる。お前がPDDしろ。おれは28歳九州生まれ現在京都在住の方でいいから。」

「なんでだよっ!!」

「オレの恋愛対象年齢は28歳以上だとしっているだろ?」

「今から9年かけて自分好みの女に育て上げろ。千代を。」

う~ん。それはそれでありかもしれん。

19歳だって京都の女の子だ。

今は対象外でも10年後は立派な京女・・・・

「で、千代はどんな子なのだ?」

「う~ん。」

「なんだその『う~ん』というのはっ!!」

「絡むな!!千代は元気な子だ。」

「当然だろ!!なんで病気がちの子と南の島でクリスマスを過ごさねばならんっ!!」

「いや、そういう意味ではなくだな。つまり元気一杯なイキのいい女の子だ。」

「わからん!!はっきりいえ!!可愛いか?」

「可愛い!!それは間違いなく可愛い!!まあ、可愛いにも色々あるが。」

「ってその『色々ある』ってなんだよ?芸能人で言ったらどんな感じなんだ?」

「それは難しいな。芸能人にはあまりいないタイプだから。」

「じゃあ、何に似ている?」

「う~ん・・・」

我が友は電話の向こうで考えていた。

「まあ、それは向こうに着いてからのお楽しみってことで。」

ガチャン。

切った・・・・

あの野郎、電話切りやがった!!

僕は我が友の家に電話をかけ返した。

「てめえ!!勝手に電話をきるんじゃねえっ!!千代は誰に似ている!!」

「も~ 勘弁してくれよ。オレは明日早いし、荷造りも途中なんだから。」

「すぐに切ってやるから言え!!千代は誰に似ている!!」

「千代かあ~。興味ねえな。」

「興味ねえじゃね~んだよっ!!オレは興味あるんだ!!言え!!早く言え!!」

「あ、キャッチ入った。切るから。」

ガチャン。

クッ(>_<)

僕は再度電話をかけたが、我が友は出なかった。

電話はルルルルルとなって、留守電になった。

キャッチなら留守電になるわきゃね~だろっ!!

激しい陰謀の気配を感じる・・・・

僕はマジックを取り出すと紙にこうかいた。

「千代がどんな子であろうと、今更オレのスケジュールは変更できない。ということはオレはイヤでもパラオに行かねばならないということだ。そこで質問に答えろ。千代は誰に似ている?こたえないならこたえなくていいぞ。全力でお前のクリスマスをメチャメチャにしてやるからな。協力してほしいならすぐに電話をかけて答えろ。いいな?」

ファックス送信する。

当然の如くファックスは流れた。

すぐに我が友が電話をかけてきた。

「すまん。ほんの戯れだ。ゆるせ。」

「うむ。で?」

「で?」

「千代は誰に似ている?」

「う~ん。難しい質問だな。だがこれに答えれば、お前ちゃんと協力してくれるんだろうな?」

「・・・・・」

「いいか。はじめに言っておくが、これはオレにとっては一年半かけてやっとここまでこぎ着けた一大プロジェクトなんだ。チキチキマシン猛レースとは違う本気の勝負なんだ。お前本当に協力してくれるんだろうな?」

「それはお前の態度による。何事も隠し立てせずに正直に答えれば考えんこともない。私だって鬼じゃないんだから。」

「わかった。隠し立てせず話そう。その代わり約束だ。今回の件には協力してくれ。頼むから」

「まあいいだろう。こたえろ。千代は誰に似ている。」

「千代か・・・・そうだなあ・・・・」

「・・・・・・」

「難しいなあ・・・・」

「チヒロ。あと5秒でオレは電話を切る」

「わかった!!切らんでくれ!!考えるから・・・あっ!!そっくりなのがあった!!」

「よし、言ってみろ」

「怒らないか?」

「怒るような人物と似ているのか?」

「いや、そんな事はない!!日本人はみんな好きだったはずだ!!」

「アイドルか?」

「まあアイドルだ。」

「誰?」

「約束だぞ?言ったら今回の件には協力する。具体的には千代を彼女から切り離し、できるだけオレと彼女の時間をつくるのだ。」

「イヤとはいわん。大事なのは結果ではなく過程だ。気分良くきかせてもらえば結果がどうあれ協力するが、気分が悪くなる引き延ばしや、電話の一方的な切断や、受信拒否をくりかえせば・・」

「わかったわかった!!何もいうな!!千代が何に似てるかいうから。でもオレは本当に明日早く成田に向かわねばならないし、まだスーツケースに荷物も詰め終わってないんだ。だから教えたら電話するな。いいな?」

「よかろう。」

「千代はなあ~」

「千代は?」

「モンチッチに似てる。じゃあな。」

ガチャン。

モンチッチ?

おさるの?

クリスマスにパラオでモンチッチの世話をするのか?この僕が?

僕の脳内にはビキニ姿のモンチッチがビーチでお砂遊びをしているイメージがありありと浮かんだ。

僕の脳内のモンチッチは僕の方をみると、嬉しそうな顔をして「ウキャ!!」っと笑った。

ありえない・・・・

オレのPDDがあ~っ!!

その時、僕は猛烈な痒さを感じて思わず手を掻いた。

え?

手?

なんで手?

実は昨日成田についたとき、薬局が開いていたので、僕は水虫の薬を買い、昨夜足に塗っていた。

今朝も当然塗ったのだが、薬の効果か、足は痒くならなかった。

だが今は手が痒い。

僕は恐る恐る自分の手のひらを広げて見た。

ありえない・・・・・

こんなことありえない・・・・・

僕の手のひらは足と同様、いつの間にか皮の一部が剥けはじめていた。

中国水虫おそるべしっ!!

まさか手にまで伝染するとわっ(>_<)

 

 

だがこの手への感染(?)が僕に起死回生のアイデアを授けたのだった。

 

To be continue.

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2006.12.11

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(8)

とりあえず僕は総経理室(社長室)にあがり、社長に聞いてみた。

「え~と今年は年末年始日本に戻ってもいいですかね?」

社長は書類から顔をあげ、僕の顔を見た。

「ああ、今、その件で相談しようと思ったんですよ。円君は去年も帰ってないし、僕は女房がこっちくるって言うんで、今年は帰らないつもりだから、円君が日本戻るなら年末の本社への報告に顔出してもらおうと思って。」

まあ、この時期の社長の本社への報告は、生産も販売もシーズンオフなせいもあって形式的なものである。

というか、社長が帰ると会議というよりは尋問に近い会議がおこなわれるのだが、合弁パートナーの社員である僕は、社長の本社の連中にとっては外様大名みたいなもので、本社内の出世競争には無縁の存在である。

したがい、問題が起こっていない限りきわめて外交的なフレンドリーな会議になるのが普通だ。

「え~と、クリスマス前後は失踪する予定なんで、その前後なら大丈夫です。」

「こちらの会社は12月31から翌年の7日まで休みにします。だから帰国は7日でいいし、帰国休暇も残っているからそれつかってお正月ゆっくりしててもいいですよ。」

「いや、正月の日本いてもヒマなんで7日に戻ります。多分22日くらいから失踪するんで、本社の会議はその前に。」

「確認しましょう。」

休暇は簡単にとることができた。

 

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

 

会社を出たところでタクシーを拾うと、夕食を何にするかかんがえるのが面倒なので、市内のモスクに併設されている西北拉麺を食べにいった。

西北拉麺は手打ちの一本麺をゆで、トマト味ではなく塩味のミートソースをかけて食べるシルクロードのモスレム食だ。

マルコポーロが伝えたスパゲッティの元祖はこれではないか?と思えるような麺料理で、僕はこれが病的に好きだった。

ただ本当に美味しかったのはオープンしてから1年ほどで、そのあとはミートソースをつくる香辛料のいくつかが入らなくなったのか、味が少し落ちた。

とっても粗末なテーブルに他の中国人と相席をして、3元の大盆を食べ、丸いナンのようなパンとミートソースだけを持ち帰りにしてもらった。

家に帰ると日本からおくられてきたビデオをつけて、紅茶を入れ、外資系ホテルのデリカテッセンで買ったチーズをつまみながら、ナンのようなパンにミートソースをつけて食べた。

風呂に入り、現地時間の10時きっかりに僕は我が友チヒロに電話をかけた。

時差は1時間あるから、日本は丁度11時のハズだ。

ホテルからとなると話は別だが、一般家庭用の電話から日本に電話をかけても、30分で3000円くらいだ。

「お~っ 手紙ついたか?」

我が友はのんきな声を出した。

「そういう挨拶はいいからさっさと話せ!!国際電話なんだからなっ!!」

「話すのはいいが、休みは取れたのだろうな?」

僕が多分問題ないだろうというと我が友は説明をはじめた。

僕等は3年ほど前スキューバダイビングをはじめたのだが、中国にいて潜る事ができない僕をよそに、我が友は一人で沖縄にいき、一人の女の子とであったのだった。

「それがさ~ 京都の子なんだよ。しかもボートの上ではウエットスーツ恥ずかしがって脱がないような古風な子でさあ~。」

それはお前がエロい目で彼女を見つめていたからではないか?と言おうとしたのだが、やめた。

そんなことを一々言ってたら今月の国際電話代が上がるだけだ。

「で、去年友達とクリスマスパーティーやったときに、彼女も誘ったんだ。」

「来たのか?京都から。」

「来たんだ。」

「やったのか?」

「やってたら二人でパラオにいくだろっ!!」

つまり我が友は、パラオに彼女を連れ出して、なんとかクリスマスに決めたい。

で、私に一緒に来て、協力しろというのだった。

「まあ、いいけどなあ・・・でも何故オレがお前の恋路を成就させるためにパラオまでいかなければいけないのだ?っていうか、お前が落とせたとして、オレは何をすればいいのだ?」

「心配するな。お前にもちゃんと相手は用意してある。」

「な、なにっ?京都の女の子といったよな?ってことはアレか?京都の女の子と、パラオでダイビングダブルデートか?」

「そうだ。PDDだ。」

「PDD・・・・・」

「彼女が会社の後輩をつれてくるそうだ。」

「京都産なんだな?」

「後輩は純粋な京都産だそうだ。」

「PDD・・・・」

「そうだ円!!PDDだ!!海外でダイビングをしながら、京都の女の子とPDD!!」

「おおっ!!流石は我が友!!すばらしい企画だ!!それのった!!絶対のった!!オレをつれていってくれ!!オレをパラオにつれていってくれっ!!」

「よっしっ!!約束だ!!二人でPDDしにいこう!!」

「PDD!!」

「PDD!!」

「PDD!!」

「PDD!!」

「わ~いっ!!クリスマスはPDDして、正月はそのまま京都にいって彼女としっぽりすごすぞ~っ!!」

「その調子だ!!円!!今年のクリスマスは俺達の為にある!!」

「おうっ!!ばっちり決めてやるぜ!!」

東京都民の男子が京都の女の子という存在に対して、どれくらいの憧れをもっているかは東京以外で生まれた男にはわからないかもしれない。

個人的には、スッチーより、ナースより、女医より「京都の女」のステータスは高い。

「京都の女」それはやすらぎの里。

「京都の女」それは紅葉に赤く染まった柔肌。

「京都の女」それは「どすえ」をはじめとした柔らかすぎる日本語のハニーポット。

その京都の女の子と南の島でクリスマスにデートなのだ!!

我が友よ!!でかしたぞ!!

お前こそ真の友だっ!!

今から思うと、異常なまでのテンションで僕は我が友とパラオにいくスケジュールに関して相談し、電話を切った。

ベットに入っても興奮はさめず、僕は我が友に心の底から感謝をした。

やっぱり持つべきモノは友達だな・・・・・

幸せな顔で僕は寝返りをうったが、布団の下では右足が左足をボリボリと掻いていたのだった。

  

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2006.12.04

悪夢の香港癬→彼の失敗、彼女の島(7)

それから一週間。

僕の足は猛烈に痒くなった。

痒い!!痒い!!マジ痒いって!!

夜ベットに入ってからも、足の裏をかゆさのあまりハエのようにこすりまくらねばならないほどだ。

これはどう考えても水虫だ。

う~ん。それにしてもこんなに痒いなんて・・・・・

 

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

 

二階では一階とは別の製品ラインがあり、そちらは日本から来た総工程士と専属テクニシャンに生産管理をやってもらっていた。

僕も午前と午後一度づつ工場内を見回るが、きわめて形式的なもので品質に関する責任も、専属テクニシャンが負うことになっていた。

そうはいっても実際問題がおこれば、僕だって無事にはすまない。

世の中は常に、本音と建て前の二本立てなのだ。

幸いな事に二階は事務所の工場に面した壁がガラスになっていて、事務所から包装工程以外の工程がすべてみわたせるように設計していた。

そんなわけで、僕は工場内を巡回する意外にも、午前と午後、二階の事務所から工場内をのぞくようにした。

僕が二階の事務所にあがると、総工程士のヨシさんがタビックスを脱いで何かを足に塗っていた。

ヨシさんは50すぎたオッサンだが、陰気で陰険な感じの前任者とはちがい、遊び慣れた感じのおもろいオッサンである。

「あっ!!もしかして水虫治療してます?」

僕はヨシさんに言った。

ヨシさんは一本抜けた前歯を見せて笑い「長靴商売にはつきものだからな」と言った。

この前歯は、先週飲み過ぎてよっぱらって帰るとき、階段でこけて折ったものだ。

翌日歯医者にいったのだが、ひどい目にあわされたらしく、今度帰国するときに日本で治すといって放置している。

「え~と。その薬はなんでしょう?日本製?中国製?」

「中国製だよ。」

「ききます?」

「う~ん。オレも使い始めて2週間だけどかゆみはとれるかなあ~。でも水虫薬なんてみんなそんなもんだぜ?」

「そうなんだ・・・・」

がっくりした僕を見て、ヨシさんはにやりと笑った。

「なんだ。円さんも水虫かい?」

「え~ わからないんです。なったことないし。でも痒いんですよ」

「みしてみな。」

僕は靴とソックスを脱いでヨシさんに足の裏をみせた。

「ははは。こりゃ立派な水虫だ。これやるよ。」

そういうとヨシさんは机の引き出しから、自分が使っているのと同じ薬を一箱出して僕にくれた。

「いくらでしょう?」

「いや、いいって!!チョビのヤツが備品買いにでかけたときに、いっぱい買ってこさせたから。」

「ありがとうございます。じゃ、今度オヤジがカップ麺かなんかもってきたときにお裾分けしますんで。で、質問なんですが、水虫ってなんでなるんでしょう?」

「そりゃうつされるんだよ。知らないの?」

「はあ。なったことないんで。」

「風呂屋とかさあ、プールとか。長靴とか。」

「長靴かな~?」

「でも円さんの長靴は専用だろ?それに来客用の使うときだって裸足じゃはかね~だろ?」

「そりゃそうですよ」

「じゃあ違うな。」

「う~ん」

僕は考え込んでしまった。足の裏はいまでは皮膚がやぶけ、どうみても水虫状態だ。

ジュクジュクはしておらず、皮膚は白い粉になるような感じではがれていく。

とりあえず僕は靴下も脱いでいるので、ヨードチンキのような色の薬を足にぬりはじめた。

とくにしみるということもなく、こんなの効くのか?って感じだ。

二人で水虫薬を塗っているときに、工場から検査課の女の子がでてきた。

僕に執事(?)を紹介してくれた例の彼女だ。

男二人が靴下を脱いで、足の裏に薬を塗っている姿をみて、彼女は「チチチ」と舌をならした。

彼女のその顔を見たとたん僕は「あっと」声を出した。

そういえばしばらく前に、執事(?)が「今日浴室の電球が切れていたので、交換したところ切れていたほうの電球を落としてしまい、割ってしまいました。破片をかたずけるのに、スリッパかわりのサンダルをつかわせていただいたんですが」というので、僕は特に考えることもなく「あ、そう。」とこたえたのである。

ま、まさか執事が水虫だったのでは?

っていうか、感染経路はそれしかない。

浴室掃除のときなら裸足だろうし。

「なんですか?」検査課の女の子が僕を見てきいた。

ヨシさんは中国語がわからない。

で、僕は「お前のおじさん水虫?」と中国語できいた。

「え~っ!!知らないですよ。」

そりゃそうだ。おじさんが水虫かどうかなんて姪が知っているわけない。

「そっか。」

「うつされたんですか?」

「わかんないけど、思いつくのはそれくらいしかない。でも、別に確信があるわけじゃないから本人には言わないように。」

薬を塗り終わり、僕がソックスと靴をはくと、ダックちゃんが部屋に入ってきた。

「あ~っ丁度よかった!!お手紙がきてますよ~。」

ダックちゃんは今ならさしずめサカナ君のような独特のテンションでそういうと、僕に日本からのエアメールを渡した。

誰だ?

宛名を見ると我が友チヒロからだった。

めずらしいなあ~と思い、ビリビリと封筒を開けて、中にはいってたエアメール用の薄い便せんを広げた。

「11時すぎなら家にいるから電話くれ。大事な話がある。それからクリスマスは休暇とっとけ。絶対だぞ。今年のクリスマスはパラオで過ごすから。じゃ。  XXチヒロ」

それだけだった。

なんだこの手紙は(-_-)?

 

To be continue.

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