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2006.03.27

長老よっしーの復活

一年前末期卵巣ガンで入院した長老よっしーの一年後。

その病院の離れには、理髪店とけっこう有名な洋食屋の支店がある。

僕と長老よっしーは、お客のいない午後4時の洋食屋の窓際の席にすわっていた。

長老は一年まえより痩せていたが、三階の病室から元気にここまで歩いてきていた。

顔色は抗ガン剤の副作用なのか不健康に黒い気がするが、目の輝きは以前のままだ。

長老はコーヒーを頼み、昼食を食べてなかった僕は、タラコスパゲティのセットを頼んだ。

「でね、取り出したガン細胞を私はみてないんだけど、見た姉がいうには両手に余るほどおっきかったんですって」

「卵巣って小指のさきっぽくらいなんじゃないですか?」

「そんな大きさのものが、赤ちゃん並に育ってていやねえ。」

「卵巣そのものが、赤ちゃんになってたわけですな。長老の身体が単性生殖を試みて、失敗した結果が今回の卵巣ガン騒動なんじゃないですか?」

僕はウエィトレスのおばさんがもってきてくれたタラコスパゲッティをフォークに巻きながら言った。

「知らないわよそんなの。で、腸に癒着しているかもしれないから人工肛門にするかもしれないとかいってたんだけど、開腹してみたら全然癒着なんかしてなくて、簡単にとれたんですって。」

「よかったですね。うんこバッグ腰に下げて生活しないですんで。それならシンクロナイズドスイミングもダイビングも継続できますね」

「まあね。先生もしばらくは体力がないから無理だけど、秋くらいになったら水泳でも、ダイビングでもやっていいですよっていってるわ。」

「よかったですね。」

「でも一つ問題があるのよ。」

「なんですか?」

「今度の手術で体重が35キロになっちゃったの」

「元々は何キロくらいあったんですか?」

「48キロ」

「なるほど。体重が軽くなって何か問題でも?」

「水着がきられない・・・」

僕はタラコスパゲッティをくわえながら長老の身体をマジマジと見た。

「じゃあ、小学校三年生用くらいのスクール水着買ってあげますよ。」

「はあっ?身長だけ合えばいいってもんじゃないでしょっ!!」

「他に何か?」

「胸よ!!むねっ!!あんた私の美乳を見たでしょ!!」

「長老。いくらお客さんがいないからって、でかい声でおっぱい見たとかいわないで下さいよ。ロリコンと見られるのもイヤだけどババコンと思われるのもイヤです。それに見たっていったってレントゲン写真ですよ。僕が見たの。」

「レントゲンでも見たにはかわりないじゃない。」

「そうですけど。あれでいくつあったんですか?」

「84よっ!!」

僕は長老の胸をじ~っと見た。

「今はいくつなんですか?」

「72。」

「じゃあ小学校三年生のスクール水着で十分じゃないですか。」

「いやよっ!!なんで74にもなってスクール水着着なきゃならないのよっ!!そっちの方がよっぽど変態に見えるじゃないっ!!」

「いいじゃないですか。死んでいたら変態も糞もないんだから。変態と周囲から思われても、生きているだけでマシって考えないと」

「せっかく死神から身をかわしたのに、なんで変態にならないといけないのよっ!!」

「そんな事僕にいわれても。変態なスクール水着しか着られない身体になった長老が悪いんだし。」

「いいわよ!!毎日食べに食べて、もとの美乳を取り返してやるからっ!!」

「ちゃんと乳につくんですかね?第二次性徴の時期外してるから腹にしかつかない気がしますが。まあがんばって下さいよ。ところで髪の毛は生えてきたんですか?」

長老にはニッセンでカツラを買ってあげたのだが、今日は頭にバンダナを巻いている。

バンダナのわきからは白い毛がはみ出ているが、中がどうなっているのかはわからなかった。

「昨日先生が来て、この後は3ヶ月に一度抗ガン剤を点滴すればいいっていってたんだけど、ちょぼちょぼって生えてきても抗ガン剤うつと抜けちゃうのよね。」

「プール行くにせよ、海でダイビングするにせよ、水中ではズラって訳にはいかないのでは?」

「・・・・・・・」

「バンダナじゃあ、海賊だしなあ~」

「・・・・・・・」

「まあ、スクール水着の海賊とか、スクール水着のスキンヘッドというのもなかなかマニアックでいいと思いますけどね。」

「そんなマニアに好かれても嬉しくない。」

長老が僕を睨みつけた。

僕はあわてて食後のコーヒーを頼んだ。

ウエイトレスのおばさんが、タラコスパゲッティの皿を下げていった。

「そういえば、今ふとおもいついたのですが」

「何よ」

「頭の毛が抗ガン剤で抜けるのはわかったけど、それ以外はどうなんです?いや、別にエロではなくて、真面目な医学的質問で聞いているのですが」

いきなり長老が「クックックッ」と笑い出した。

ウエイターのおばさんがコーヒーをもってきてくれた。

「それがね、手術の前に看護婦さんが剃毛に来てくれたんだけど」

僕はコーヒーを飲んだ。酸味が強い。

『じゃあパンツ降ろしてくださいね~っていうから降ろしたのよ。そしたら看護婦さんが、「あ・・・・必要ないですね」って』

抜けるのかよっ!!

「いや、腹水がたまっておなかがパンパンに張りだしていたから、日常生活では見えなかったし、かといってこんなにやせ細っていたら鏡も見たくなかったから全然気がつかなかったのよっ!!」

コーヒーが僕の食道でなく気管支に入り、僕はむせた。

「なにもむせることないじゃないのっ!!」

「いや、すいません。でもせっかくパイパンになるなら、せめて30代前半くらいまでになってくれればねえ。それくらいまでならギリギリ喜んでくれる男もいると思うんですよ。74歳になってパイパンになられても見てくれる男性もいないからいかがなものかと思ってしまったもので。」

「見てくれる人がいるとかいないとかっていう問題じゃないのっ!!私はあるべきところに毛がなくなったのが哀しいの!!」

「はあ、そうですか。でも小学校三年生のスクール水着着るのには丁度いいのでは?」

「だから着ないっていってるでしょ!!」

「でも胸もないし、体重もないし、股間の毛もないし。」

「生えてくるわよっ!!体重だって食べれば増えるわよ!!見てなさいよ!!夏までにもとの胸取り戻してみせてやるからねっ!!」

「いや、みたくないですよ。取り戻したらネコのパフィに見せてあげて下さい。」

コーヒーを飲み終わると、僕は窓の外を見た。

冬の終わりというよりは強く、春のはじめというにはやや弱い夕暮れの光が病院をやわらかく照らしていた。

もう二週間もすれば、この景色のなかに桜の淡い色が加わるだろう。

まずは非常に結構(パーカーのパクリ!!)

 
 
To be continue.

Uploads on coming monday!!

see you (^_-)

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2006.03.22

円海VSホモ痴漢(下)

おぞましいホモ痴漢の魔の手に必殺の肘撃ちが炸裂する!!

当然の如く、僕は鞄をもっていない手で股間に伸びてくる手を払った。

しかし、その手はさわさわと僕の手を撫でて、股間に再度伸びてくる。

これは一体どうすればいいのだろうか?

か弱い女子中学生だったら「痴漢です!!」といえば、周囲が助けてくれるかもしれない。

しかし、詰襟の男子中学生が「痴漢です!!」といって、誰か助けてくれるのだろうか?

繰り返し言うが、当時はゲイというものが一般化されていなかった。

薔薇族なんていう雑誌は当時でもあったと思うが、男同士の同性愛ということ自体、アンダーグラウンドの人や、芸術家みたいな人達の世界の話であり、朝の山手線の満員電車に乗る人には無縁の話だ。

そんななか、満員の山手線で僕は実際ホモの痴漢に襲われている訳だが、これを周囲に訴えたとして、果たして信じてもらえるのだろうか?

しかも痴漢が誰かもわからないのである。

下手すると狼少年扱いだ。

よしんばわかったとしても、相手は大人。

「なんで俺が男のお前に痴漢せにゃならんのだ!!」と言われたら、それでおしまいな気がする。

大体異性に対してそういうことするのは痴漢だが、(当時)同性に対してはどうなんだ?

そう考えている間も、僕の股間を巡っての、僕とホモ痴漢の壮絶な(でも他人にはわからない)戦いは続いていた。

あまりにもギュウギュウ詰めなので、相手も攻撃のコースを変更することができず、常に同じ角度からやってくるので、なんとか防げていたのだ。

すると電車が揺れ、微妙に人々の配置がかわった。

そして、ホモ痴漢の魔の手も。

ホモ痴漢は僕の股間に触れようとする動きはやめ、今まで防戦していた僕の手首を掴むとひっぱり、なんと自分の股間に当てたのだった。

「うぎゃあっ!!」

僕は思わず心のなかで叫んだ。

手のひらに思いっきり硬く勃起したナニが触れているぅ~っ!!

だが直接ではなく、ズボンの上からなのが救いといえば救いだった。

もし直接だったら、触らされたのがイヤだっていう以上に、満員電車のなかで、詰襟の男子中学生相手に、チャック降ろしてXXX剥き出しにしているその男の、精神性のおぞましさにメゲてしまったに違いない。

しかし、相手のこの作戦変更のおかげで、僕はホモ痴漢が誰だか確認することができた。

斜め向かいに立っていた、あたまのてっぺんがハゲかけた、身長160ちょっとくらいの40過ぎたおっさんだった。

僕の心の奥に眠った金色の目が炎を吹き出しそうな勢いで開いた。

この腐れオヤジがあ~っ!!

女に相手にされんからって、朝っぱらから詰襟姿の男子中学生に痴漢行為を働くとは、なんと破廉恥なっ!!

まだ、同級生の女の子の胸にも触れたことのない、穢れなき僕の手のひらによくも貴様のチ○コなぞを掴ませてくれたなあ~っ

変態めっ!!本当の変態めっ!!陵辱者めっ!!タダではすませんぞっ!!

電車はあと1分たらずで新宿につく。

とりあえず「痴漢です!!」と告発するのはやめにした。

間違いなく、相手は僕が男子であることを理由に否定するし、なによりも男子が痴漢にあって辱めを受けたなどと大声で叫ぶのは恥ずかしすぎる。

このまま、袋をつかんでねじ上げるか?

いや、電車のなかでそれをやって、逆に相手に「なにするんだ!!」などと言われても・・・

「痴漢されたので握りつぶしました」といって、通るかどうかわからんし、人違いだといわれたら、どう証明するのか?

ここはやはり降りる時の勝負だ。

これだけの混みようだから、新宿駅に着いたときには、押し合いへし合いのすごい騒ぎになる。

その隙にまぎれて、足をひっかけるか、肩を押すかなんかして、こいつを転ばして、みんなに踏ませてやるっ!!

これぞまさに、肉を切らせて骨を断つ。

いや、陰茎つかんで、骨を断つ!!(つかみたくないけど・・・)

 
(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)
 
 
 
電車は新宿について、扉が開いた。

一番前の連中がおりると、列車の中央部に乗っていた人達が出口の方へ動き出すので、中央より、やや出口の反対側にいた僕等は、前ではなく横におされた。

その後、出口の反対から出口に向かうベクトルにより、僕等は出口に向かって押し出されていったのだが、その時、僕の半身が丁度ホモ痴漢の前に出た。

 

チャ~ンス(>_<)!!

 

僕が肘を少し横に張ると、ちょうどホモ痴漢の胸のあたりにあたった。

見てろよこの変態!!

思いっきり痛い目見せてやるからなっ!!

ホモ痴漢より半歩先に電車を降りた僕の肘は、丁度彼の肋骨の一番下あたりにあたった。

今だ!!

僕が肘をいったん引きつけると、ホモ痴漢は前に出るのを押さえていた力を急に失い、つんのめるようにして電車をおりることになった。

その瞬間を狙って、僕はいったん引きつけた肘を、小刻みではあるが、思いっきりホモ痴漢の肋骨に見舞った。

後ろで鼻から息が抜けるような音がしたが、僕はかまわずに、人の流れとともにすすんだ。

振り返って見ると、ホモ痴漢は電車のドアから少し出たところでうずくまっており、電車からワラワラと降りてくる人が、激しく迷惑そうな顔をしてうずくまる彼を見ていた。

ざまあみろっ!!

 
(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)
 
 
 
半年くらい前に東京駅で乗り換えていると、ホームで両手にディズニーランドの紙袋を一杯もった女の子が、泣きそうな顔をして立っていた。

友達の女の子が、ハンカチで彼女のスカートを拭こうとしていたのだが、そこには見事なまでに一本の白い筋がつけられていた。

せっかくディズニーランドにいって、楽しい思いをして、お土産も一杯かったのに最後がこれじゃあなあ。

可愛そうに。

時代は流れても、人の迷惑を考えず、自分の欲望だけはしっかり満たそうとする人は、減ることもなくがんばり続けるものらしい。

 

The end

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2006.03.13

円海VSホモ痴漢(上)

15歳の僕を、おそるべき魔手が襲う・・・・

 

中学2年の3月に引っ越しした僕は、4月から越境通学をすることになった。

当時中野区は比較的教育レベルが高い区で、たとえば中野区で真ん中あたりの成績だと、僕が引っ越しした区では上位の成績になってしまう。

そんな訳で、わざわざ中学二年の後半になってから、他の区から中野区の中学校に転校してくる子もいた。

なぜなら当時東京都の高校受験が学区制で、中野区が属する学区には、都立高校としては断トツの東大合格率を誇る西高、富士高があったからである。

まあ、僕には西、富士は関係なかったのだが、その下くらいは狙うことができた。

で、わざわざここで転校する必要もあるまいということで、僕は電車で学区外通学することになったのだった。

僕の中学校は東中野駅のすぐ近くで、電車通学するには便利だったが問題があった。

帰りは4時頃なので電車が混むことはないのだが、行きは池袋から新宿まで山手線に乗らなければならないのだった。

今だって通勤時間の山手線の混雑はすごいだろうが、僕が中学生の頃はもっとすごい。

とりわけ埼玉方面からの連中が赤羽線(現在の埼京線)で都内にでてくる池袋ー新宿間はすごい。

あまりにも人が乗りすぎていて、電車が揺れても人は動かない。

ただ足だけが浮き上がったまま進んでいくという、いにしえの奴隷船よりもひどいありさまだった。

だが新宿についてしまえば、あとは三鷹方面の総武線に乗るだけなので、大抵毎日のように座ることができた。

電車通学となると通勤の先生とも一緒になる。

中学二年の時の担任とは週に3度くらい新宿から一緒になった。

しかし彼は体育教師であり、今では信じられない(っていうか当時でも信じられなかったが)事に、通勤中もジャージの上下にランニングシューズなのだった。

しかもプーマの赤ジャージである。

赤ジャージで電車通勤し、赤ジャージで体育の授業(というか生徒と一緒にサッカーやらハンドボールをする)をして、赤ジャージでハンドボール部の指導をして、赤ジャージで電車にのって帰る。

今から思うと、何故彼を汗くさく感じた事がないのかが、本当に不思議だ。

彼は朝の通勤電車で僕をみつけると「おうっ!!」と声をかける。

もちろん黒の詰め襟姿の僕はこのジャージ男に「おはようございます!!」と返事しなければならない。

今になって思うのだけど、彼にとっては通勤途中の周囲の人々の「何?この人?」という視線に対する答えに、僕を利用していたのだと思う(-_-;)

周囲の人々の、赤ジャージで股を拡げてふんぞりかえっていて、時に少年チャンピオンを読んでいる彼を見る視線は、僕が「おはようございます!!」と挨拶することで、「ああ教師なのか」とちょっとだけ優しくなった気がするからだ。

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

 

そんなある日。

僕は、新宿行きの山手線の一番前の車両に乗ることになった。

いつもは乗り換えの都合上真ん中あたりなのだが、この日は電車がおくれて池袋駅は大混乱だった。

そんな訳で、池袋で乗り換える時に、いつもの階段から乗り換えられず、駅員の指示にしたがって歩いていたら山手線の一番前の車両になってしまったのだった。

いつも以上にきつきつに電車のなかに閉じこめられると、もう新宿までドアがあけられないのは明らかだった。

当時はそれぐらい混みまくっていたのだ。

僕は鞄をもったまま、まったく動きがとれず、拘束されたように直立不動で電車に乗っていた。

すると・・・・・

僕の手をなでる手がある(-_-;)

最初は身動きできない状況のなかで、手の位置を変えている人がいて、その手が偶然僕の手にあたっているのかと思った。

が、違った。

その手は、僕の鞄を持っていないほうの手をさわさわと撫でているのだった。

!!

これは何?

何でこの手は僕の手を撫でているんだ?!

僕はあわててクビだけを回して周囲を見た。

だが、誰が僕の手をさわさわと撫でているのかはわからない。

はっきりと確認できた事が一つだけあった。

僕の周囲には女性はいない(>_<)

 

 

つまり。

 

 

この手は男だっ!!

 

 

ありえね~っ(>_<)!!

 

 

僕は詰め襟の学生服を着ている。

誰が僕の手を撫でているのかわからないが、相手には僕が男であることはわかっているはずだ。

男が男の手をさわさわ?

当時、「変態」ということばはあったが、ゲイと言う言葉はなかったし、女装趣味という意味で「おかま」というのは時々耳にしたが、ホモという言葉は滅多にきかなかった。

大体中学生でもセックスが具体的にどういうことか知らない奴が大半という時代である。

男と男がセックスするなんて、当時の中学生にとっては、想像の範囲をはるかに越えていたのだ。

従って中学生で15歳になったばかりの僕は状況が把握しきれなかった。

何がおこっているんだ?

この手は一体なんなんだ?

しかし、僕はいきなり自分のおかれた状況を正確に把握した。

僕の手をさわさわと撫でている手が、いきなり僕の鞄をのりこえ、股間に伸びてきたからだ。

 

ヒィィィィィ(゚ー゚;ノ)ノ

 

ズボンの上から必死に僕の股間をまさぐろうとしている。

 

はあ?

 

なんですかこれは?

 

もしかして・・・・

 

もしかして・・・・・

 

これは痴漢っていう奴?

 

w(〇◇〇;)wガァァァン!!

To be continue.

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