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2005.08.29

ゆんたくアクマちゃん41ー初めてのボツ作品?ー

こんばんわ!!

今日は更新しようと、午前中に書きあげたのですが、どうも書いている最中に「B型悪魔系の文体ってこんなだっけ?」との違和感を感じて、結局書き上げてもその違和感がとけずに、とりあえずボツにしました(-_-;)

午後にいじくろうと思ったのですが、昨日の水泳特訓(といっても激しくショボイものなんですが)が激しくこたえたらしく、午後は思いっきり昼寝しちゃったので(^_^;)

週内にいじくって、なんとか読めるようなら更新させていただきたいと思います。

でもなんでなのかな~

タイトルが「ガガガでボン!!」という、自分でも「これは違う!!」と感じるので始めたのがいけなかったのでしょうか?

それとも考えすぎ?

昨日の水泳で疲れてしまったから?

まあ、理由は色々ありそうですが、とりあえずボツでございます(^_^;)

それにしても今年の夏は、何もしないうちに終わってしまったような・・・・

ああ、予定ではすでに水泳をマスターして、来月は種子島でサーフィン習うはずだったのに・・・

「ああ楽しかった!!」という思い出が何もない状態で、秋を迎えると、なんか寂寥感が増すような気がします。

鬱におちいったりしないといいが・・・・・・

(などと言って、来週更新できない時の言い訳を前振りしとく私って・・・)

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2005.08.17

ゆんたくアクマちゃん40ー拡がる愛、拡がらない愛

今週はちゃんと更新してますです。最近の記事から「円海兵士を送り出す」をどうぞ(^_^)

時期が時期だけに、おひさしぶりんこなお友達と会ったりしちゃうわけですが、そうなると当然相手は結婚している訳で、しかも結婚10年とかとんでもない(あくまで私的にですが)状況だったりします。

で、おもしろ半分に結婚10年でも女房とやるか?とか、また聞かんでもいい話をあえて聞いてみるなんてこともしてみるわけですが、いや~。

昔のドラマみたいに「女房とはやる気にならない」などと暴言(?)を公言する人もいれば、「年に2~3回」と至極正直にいう人もいたりします。

そういう正直な人をみつけると、また「どんな時にやろうって気になるの?」などと余計な事を聞いたりして(^_^;)

黙っているので「たとえばさ~、こう、なんか事件みたいなのがおこった時になんとなく愛おしさがこみ上げて押し倒しちゃうとか・・」と振ってみたら、「ないない。単純に自分が欲情したときだな」と(^_^;)

みなさま極めて平和な毎日を過ごしておいでなようで(笑)

海外出張の多い職場の人で、比較的出世している人なんかは意外とマメで、「出張したら帰って一週間以内に必ずやる」という人が多い気がします。

もちろんいいのは、帰った当日、あるいは翌日な訳で、それはやはり、浮気を疑われないためという理由ですな。

でも「比較的出世している人は」と注意書きがついてしまうのは、女房が浮気を疑うかどうかなんてどうでもよくなっちゃう人も多数いるからで、そういう人は、海外でたっぷりあそんで、家では疲れた!!飯!!しかいわなかったりします。

ぶっちゃけ日本と海外をいったり来たりといった生活をしている人間にしてみると、自分の不在時に女房が浮気していて、家庭が破綻しているというのが、最悪に近いパターンです。

実際、仕事もやらなきゃ、子供も躾なきゃ、さらにその上、女房だか一番上の不良娘だかわからん女を家から追い出すべきか、そのままおくべきか?などと悩んでいたら、どれも中途半端になって大抵は全滅です。

順調に出世していく人は、自分が不在な間、家庭をしっかり守ってくれる女房というのが不可欠だということがわかっていて、遊ぶことはあっても奥さんにはきちんとお土産を選んでいたりします。

その辺の事を、こちらも長く(取引相手として)つきあえそうな人かそうでないかを見分ける為の一つの目安として考えていたりするんですが。

でもね、歳とともに、肉体的な魅力が(男女ともにですよ)衰えていくというのが主な原因としても、なんでこうも難しいのでしょうね?愛を継続させていくのって。

最近思うのですが、私たちは「愛」というと、「二人がラブラブでえ~」とすぐ思ってしまうのですが、もしかすると「愛」にもいくつか種類があったり、或いは変化もしくは進化したりするものなのかもしれません。

自己愛から恋人への愛、家族愛、人類愛みたいに。

実はおーばさんのブログの中に「好きというのは自分から相手に押し付けるもの。愛するということは相手から自分へ受け入れること」という、本に書いてあったらしい言葉がのっていて、私も「はっ!!」と気づいたのですが、「愛」が進化していくものだとしたら、それはこのあたりにあるんじゃないかと思うわけです。

自己愛から「好き」という感情が生まれ、そこから恋人を受け入れることを学んでいくことで、「愛」を知り、そのあとは「愛」の結果の一つである結婚を通してできる子供や、新しい家族(相手の両親兄弟)を、相手と同じように愛してあげることで家族愛、そして、一人の人を愛することを通じて、血縁が何もない相手の両親や兄弟を愛することを学ぶことにより、人類愛みたいなものにたどり着くみたいに。

愛する人を独占したいという気持は、ある意味避けがたい気もするのですが、本来「愛」とは一朝一夕にはできなくとも、時間をかけて拡がっていくものなのかもしれません。

自分の愛が拡がっていく愛になるのか?それとも拡がらない愛で終わってしまうのか?

その辺の分かれ目は、相手の愛するもの(仕事だったり、趣味だったり、相手自身の家族だったり色々でしょうが)を愛してあげる事ができるかどうか?であるような気がします。

昔のさだまさしの「関白宣言」という曲に「姑小姑賢くこなせ、たやすいはずだ愛すればいい」というフレーズがあったと思いますが、恋人の愛するものを、ともに愛せるところまでいかなくとも慈しむくらいの事ができれば、旦那をめぐっての嫁と姑の旦那の奪い合いみたいなのはなくなるのかもしれません。

対象が人間の場合、愛するのは難しい場合も多々あるかとは思いますが、すくなくとも相手がその人を何故愛するのかという事を理解してあげる事はできるのではないでしょうか?

かつての私の場合は仕事だったわけですけれども、「あたしか仕事か?」と言われるのは本当に困るわけで。

なぜなら自分が生産に立ち会い買い取ることで、生産する側の何百人という人が飯を食えていて、また買い取ったものを売ることで、同じように何百人の人間が食べている訳で。

もちろん私がいなくなっても、彼らはほかから仕入れてなんとかするでしょうけど、やはり、仕事のやりやすい、やりにくいとか、一時的な混乱とかは避けられない訳です。

自分一人と、数百人の人の家族を含んだ生活とを、私の前に同列に並べて「私か仕事かどっち?」と言われると、それは「自分がいなくてもこの子は別の男をみつけられるだろうけど、取引先はたいへんだよなあ~」などと思ってしまう訳で。

まあ、当時は「なんでわかんないんだこのバカ女が!!」などとキレていた訳ですが(ほら、若かったからさ)今から思うと、私の事を愛してくれているのだったら、そういう事も少しは考えてほしかったなあ~と(^_^;)

で、ですね。

何がいいたいかっていうとですが、久しぶりにあったから聞きたい気持はわかるけど、“私になんで結婚しないの?って聞くな!!”って事ですよ(>_<)

ホモだからじゃないですから。

若年性インポテンツでもないですから。

好かれることがあっても、愛されることはない男だからなんですよ(>_<)

多分ねっ!!

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2005.08.15

円海兵士を送り出す

何故僕が、バブル期の日本を出て、豊かという言葉からはほど遠い80年代末から90年代前半の中国で5年間もの時間を過ごしたかに関してはいくつか理由がある。

そのうちの一つは、最初のプラントの建設立ち会いに行った時の事だ。

そこは日陰でも37度という気温で、大量に水分を摂取するにもかかわらず、トイレに行く事はほとんどなかった。

みな汗で流れるヒマもなく蒸発してしまうのだ。

そんな場所での2週間の設置作業がようやく終わったあと、掃除をする為に、工員として雇われた女の子達が10人ほどやってきた。

皆、10代後半か20代の始めといった女の子たちだが、誰もが、白いブラウスと、くろっぽい変に緩んだスパッツのようなものを着ていた。

そのころ僕等の国は、デザイナーズブランドがブームで、こんな終戦直前の日本のようなファッションの女の子は見たことがなかった。

それまでにも、バナナとタバコと怪しげなジュースしかない屋台の売店とか、買うとあきらかに油やけしているインスタントラーメンとか、日本の常識では考えられないものをたくさん見たが、この女の子たちの姿は、かなり考えさせられた。

外見だけみれば、彼女達も、僕も、さしてかわりがあるわけではない。

でも、生まれた場所が、ほんの少し違うというだけで、着ているもの一つとってもこれほどの差が・・・・

縫製もよくなさそうな白いブラウスとスパッツズボンで、けらけらと明るく笑いながら、掃除をする彼女たちの姿を見て、当時20代の半ばだった僕は、少しでも彼女たちに良い生活をさせてあげたいと思ったのだった。

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

それから一年半後。

僕は二番目のプラントを輸出した会社に勤め、中国に住んでいた。

僕が一階の工場事務所にいくと、工員のロッカー室の前に男子工員がたかっていた。

事務所に入って、工場長が品質管理課や、生産管理課のスタッフ相手にしている会議を横でききながら、僕は自分でウーロン茶をいれて飲んでいた。

「他に何かありますか?」

話し終わった工場長が僕にきいたので「特になし」と返事をすると、スタッフ達は工場の中に入っていた。

「あの人だかりは何?」

僕は事務所に残った工場長に聞いた

「ああ、あれですか・・・」

工場長は浮かぬ顔をして言った。

「軍隊ですよ。」

「何?それ。」

「管轄局の方から何人か軍隊に人を出すことになって、うちの会社からも1人か2人出すことになったんです。」

その時、三階の社長室から、書類をもって秘書兼通訳の王さんが降りてきた。

「ねえねえ、中国の軍隊って志願制じゃないの?」

僕は日本語で彼女に聞いた。

「志願する人もいますけど、徴兵もあります。」

「げ~っ 信じられない!!日本で徴兵なんてやったら、間違いなく反乱がおこるぜ。」

「日本は志願制なんですか?」

「戦前は徴兵でしょ。でも戦後は志願制。自衛隊に行きたい人がいく。韓国は戦前の日本と同じ徴兵制だけどね。」

「知らなかった・・・・」

オイオイ。あんた日本語学科卒だろ?

「でもなんでウチの会社から?中国人は10億以上いるから、志願兵だけで十分ジャン。大体、管轄局だって5000人近い人がいるでしょ?なんで合弁のウチから兵隊出すのさ?国営の企業から出せばいいじゃん。」

「う~ん。合弁だからじゃないでしょうか?兵隊の給料はすっごく安いから、どこの会社でも自分の社員出したがらないし。」

「安いんだ。」

「はい」

具体的にいくらかは忘れてしまったが、「ともかく、飯と着る服はタダでやるんだから、文句いうんじゃねえ~」というような金額だった。

「それは酷い。そんな金額で兵隊雇うから占領地で賄賂とったり、強盗まがいの事したりするんだ。」

「それは昔の国民党です。共産党ではありません。」

王さんの言葉に、工場長もうなずいた。

「そりゃ失礼。じゃあさ、オレが軍隊入って気合い入れ直したほうがいい奴選んでやるよ。」

「誰ですか?」

工場長が言った。

「とりあえず工場長。」

「はあ~(-_-) 言うと思った。」

「だって君たちの国の軍隊の仮想敵国はどこよ?ソ連はなくなっちゃったから、当然日本とアメリカだろ?日本国民のオレとしては、当然中国人民解放軍の弱体化を願っているから、きるだけ年寄りにいってもらいたい。本当は中国側副社長にいってもらいたいけど、あれはもう50過ぎだから検査にとおらないだろう?工場長は30代だから大丈夫。中華人民共和国の平和の為に、そして若き工員達の心の平安の為に、自ら立候補してくれ。頼む。」

「党幹部は徴兵対象にはなりませんから。」

「チェッ!!じゃあ、王さんいけ。日本語しゃべれるから情報部入りだ。弾が飛んできて死ぬことないぞ?俺は自分の部下が死ぬことには絶えられん。日本鬼子といわれた戦時中の日本人ではなく、戦争を放棄した心優しき戦後日本の国民だから。」

「今回は女子は募集してません。それに決めるのは軍のリクルーターです。」

「な~んだ。王さんの軍服姿見たかったのにぃ~。」

書類を工場長に渡すと、王さんはフン!!と鼻を鳴らして出て行った。

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

半月ほどして、一階の事務所にいる僕に館内電話がかかってきた。

王さんからで、社長室に来るようにということだった。

僕の机も、一応そこにあるのだが、僕はほとんどの時間を一階の工場事務所か工場の中で過ごした。

中国人には管理職は管理事務所に閉じこもるという悪い癖があり、工場が1,2階、事務所が3階というこの会社では、そんなことでは緊急時に間に合わない。

工場管理部門のスタッフは、基本的に一階事務所か工場内ということを、率先して示していたのだ。(って本当は50過ぎたおじさん二人と一日中一緒にいるのがイヤなだけだったりもしたが。)

「先日局の方から、徴兵の指示がでまして、当社からも1名を軍に出すことになりました。」

中国側の副社長が言った。

「で、軍のリクルーターが来て、色々と相談したのですが彼を出す事にしました。」

そういうと彼は、採用時の履歴書を出した。

「これって拒否はできないんですか?」

僕は一応聞いてみた。

「国民の義務ですから。」

「徴兵期間は?」

「2年から3年でしょう」

「徴兵期間終了後の現職場への復帰の保証。それと徴兵期間中、給与の一部をなんらかの名目で、本人に支払ってあげることができますか?」

「現職場への復帰の保証はそちらが良ければ問題ないでしょう。給与の一部を払ってあげれば家族も喜ぶと思いますが、社長の意見はいかがですか?」

中国側の副社長が、社長に尋ねた。

「こないだ聞いたけど、軍の給料は雀の涙ほどしかでないらしいです。」

僕は日本語で社長に言った。

「適当な名目がつきますか?」

「経理と相談しますが、問題ないかと思います。」

「じゃあ、基本給の6割を給付という方向で調整して下さい。円君それでいいですね?」

「はい。」

中国側の副社長は、部屋を出て行った。応接室には軍のリクルーターがまっているのだ。

「徴兵なんてまだあるんですねえ」

僕は社長に言った。

「う~ん。私が子供の時ですからねえ。日本に徴兵制があったのは。私もちょっとびっくりしました。」

「僕なんて、テレビの中の世界の話ですよ。徴兵なんて~のは。大体10億以上の人間がいて、なんで志願兵じゃ足りないんですかねえ?」

「まあ、いくら人口が多くたって、みんなが兵隊になれるほどの教養があるとは限らないんでしょう。彼がいくのは海軍だそうだから。銃の引き金をひければいい陸軍とは違うんですよ」

そういうものか?

そんな話をしながら、社長室のソファでインスタントコーヒーを飲んでいると、秘書の王さんが入ってきた。

「軍に入る前に壮行会をやるんですけど、いつがいいでしょうか?」

「そうですね。別にいつでもいいですよ。どこでやるんですか?」

「会社の食堂の二階でいいそうです。」

「それでいいですけど、料理はきちんとしたもの出してあげてください」

「円さんは、いつがいいですか?」

「オレも?」

「当然です。直属の部下が軍隊にいくんですから。」

「いつでもいいけど、他に誰が来るの?」

「会社からは三人の他に工場長。あとは彼本人とご両親。軍のリクルーターです。」

「いつでもいいよ。でも料理には石班魚と龍蝦をつけてあげて。海軍なんだから。」

石班魚というのはハタの仲間で、中国の南方では日本におけるタイの様な位置着けをされている魚だ。龍蝦とは伊勢エビの事。このあたりの「豪華な食事」には欠かせない食材だ。

「海軍とは関係ないですけど、つけるように言われた事は言っておきます。」

「有事の徴兵ではないですけど、一応軍隊ですから。日本の習慣みたいなものだといっといて下さい。」

社長もそういうと、王さんはノートに書き留め、スケジュールを調整すべく部屋を出て行った。

『やっぱ最後は「ばんざ~い!!」とかやるんですかね?』

僕は社長に聞いた。

「日本だったらそうだけどなあ~。中国はどうなんでしょう?」

「まさかこんな歳の自分が、部下を軍隊に出す壮行会に出るとは思いもしませんでしたよ。」

「ははは。円君からすればそうでしょうねえ~」

「大体、人民解放軍の仮想的の中には日本も入っているでしょう?なんか複雑です。」

「確かに、自分の国を攻めるかもしれない軍隊に人間おくりだすんですからねえ。バンザイはないかもしれないなあ。」

僕等の工場の隣は、建設資材用の砂を内陸から運び込む為の港になっていた。

僕と社長は、窓から港に砂がつけられ、菜っ葉色の作業服を着た連中が、スコップで砂を船から港に降ろすのを見ながら、インスタントコーヒーを飲み干した。

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

彼の壮行会は一週間後の夕方に行われた。

勤務態度の立派さなんかで乾杯を何度かして、料理を食べた。

両親も本人も楽しそうにしていたが、僕はドラマの世界でしか見たことがない状況に、今、自分がいるのにとまどっていた。

そりゃあ、今は有事ではないし、彼が徴兵されている数年のうちに中国がどこかと戦争することもないだろう。

僕は徴兵というと有事の徴兵しかテレビや映画で見たことがないから、すぐに死ぬかもしれない戦場に送り込まれるような気がして、なんとなく両親の顔も見られなかった。

食事が終わって、僕は用意していた餞別を出した。

アルミニュウムのパッキング付の弁当箱にビクトリノックスの他用途ナイフや救急の絆創膏、マッチ、発火セットなどの入ったサバイバルセットだ。中国の田舎に出張でいくと、こういう物をもっていないと不便を感じることが多かったので、日本からもってきていたのだった。

配属が海軍と聞いていたので、一応日本から出張で来た人が使わないでおいていったコンドームと米ドル札で20ドルをいれておいた。

まあ、コンドームは本来の目的に使わなくても、緊急時に水を入れる事もできるわけだし。

海軍だからアジア地域にでかけることはあるかも知れない。

20ドルあれば記念のお土産くらいは買えるであろうと思ったのだ。

果たして人民解放軍の兵士がUSドルをもっていていいのか?という問題は一応考えたのだが、その辺は本人が最終決定すれば良いことで。

日本円よりはUSドルの方が使い勝手が良いと思ったのだ。

帰り際、軍のリクルーターと彼が敬礼したので、僕と社長も敬礼を返した。

彼らを乗せた会社の車をみおくってから工場長が日本語で言った。

「カワイソネエ」

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

数年が過ぎて、合弁形式で運営していた僕等の会社も軌道に乗り、今後は日本側の経営に任せる形で運営をしていくという方向に話が進んでいた。

当初中国側には日本の経営システムを学ぶという目的があったのだが、中国側から派遣される経営管理者は、身内を優先して採用するなどという中国的な弊害を断ち切る事ができず、むしろ経営の阻害要因になっているということが董事会の中国人にも理解されはじめたのだった。

また、合弁契約上、中国側の副社長には日本側の副社長と同額の給与が支払われることになっていたが、本人には中国の国営会社の社長クラスの数万円分しか払われず、ほとんどは中国側の出資会社が没収する形になっていた。

そうしないと出資会社の社長の給与より、合弁会社に出向した人間の給与の方が何倍も高いという矛盾が生じるために、仕方のない処置だったのだが、これはなかなか厄介な問題だった。

また中国側の出資会社を通しておこなう原材料の供給に関しても、いくつかの問題があった。

それらをまとめてかたづける方法として、中国側は経営の一切を日本側にまかせるかわりに、配当だけ保証させるという請負制度を提案してきたのだった。

僕には、そのまま現地に現職のまま残るという選択も残された。

また非公式に、日本側の出資会社でもある大手企業に中途入社するという選択も与えられた。

大手企業の面倒さは、ここまでで十分わかっていたので、中途入社は最初から僕の選択肢にはなかった。

合弁契約から付き合った会社に愛着はあったが、今回の経営方針の変更により日本側の社長も変更になることが決まり、それは中国語も中国も知らない人物なのが、僕が残留という結論に至らない原因の一つだった。

中国のルールは日本とは違う。

でも実際は「弱肉強食」という極めてシンプルなルールで、力を行使できるときにはそれができるということを明確にしてやっていけばいいということなのだが、それが日本的な考えでやってきた人にはなかなか理解できないのだ。

謙虚にふるまっても、相手は「たいしたことないな」と図に乗り、最初から「やるぞ!!」といっておけば、余計な抵抗もなく進んだ事が、それを言わなかった為に、時間を浪費することが多々あった。

そのほかにも色々あるのだが、それを一から教えるのも激しく面倒だった。

そんなこんなで、今後どうするかを考えていたとき、軍隊に行った彼が戻ってきた。

さぞかし男らしくなって帰ってきただろうと迎えた僕の目に映ったのは、思いがけない彼の姿だった。

ビクビクと怯えるようにして、目が落ち着かず、顔も軍に行く前にあったおおらかな感じが消えて、凄まじく神経質な雰囲気になっていた。

まるで猫ばかりの檻に入れられたネズミのようだった。

話を聞くと、潜水艦勤務だったという。

僕の叔父が自衛隊で潜水艦勤務をしていたことがあり、潜水艦勤務の厳しさはちょこっと聞いていたので、徴兵された彼がどんな思いで徴兵期間を過ごしたかは、なんとなく理解できた。

中国において、「核施設」やら「潜水艦」などの軍事施設に関して、必要以上の興味をしめすと面倒なことになるというのは知っていたので、僕は「そう、それは大変だったね」と話をスルーして、彼を1ヶ月の準備期間をおいて、元の職場に復帰させるように人事課に書類を回した。

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

数週間後の早朝、朝の会議前に僕と工場長が一階の工場事務所で話していると、去年採用した、専門学校卒の子が入ってきて、新聞を読み出した。

幹部候補生として採用したのだが、一年間は工員と一緒に働かせて、今月から適性に応じて、各セクションに配属していた子だ。

彼は生産管理課に配属されていた。

朝の会議前でも、工場は動き始めている。

実際の加工処理がはじまるのはこの会議の後だが、その前処理はすでに始まっている。

また加工処理の準備もすでにはじまっている。

それらに立ち会い、今日の生産が問題なくはじめられるか事前にチェックするのは彼の重要な仕事だった。

生産管理課の課長は当然まだ工場の中だ。

彼は新聞の株式欄を見て、どこそこの株があがったみたいなことを独り言のように言っていた。

僕のただならぬ気配に工場長が気づき、彼を工場に戻した。

「なんだ、あれは」

僕は工場長に言った。

「自分の仕事が終わったなら、先にここへきて、新聞を読んでいても俺は何もいわない。でもな、あいつの読んでいたのは株式欄だろ?大学で金融やら経済学んだ人間が朝一番に株式欄見るのは当然としても、技術職として専門学校いって、専門職として雇われた新人には株がもうかったもうからないなんて新聞で見る前に、なんかやることがあるんじゃないか?」

工場長は、ため息をついた。

「あのな、この国みたいに資本が余っているわけでもない国では、製造に関する能力がしっかりできて、はじめて外国からの資本も流れてくるし、金融や株式投資なんてのも成り立つんだぞ?なのにあのバカはなんだ?これからの国の根幹をつくる製造関係の管理をやる人間が、朝から自分のもっている株の値段のチェックか?そんなヒマあったら、プラントがまっとうに動いているかチェックしろ!!まったくこれがこの先10年、20年と国を支えていく若者のあるべき姿か?あいつらは、この国が、投資や株式だけで、手を汚すこともなくやっていけると思っているのかね?」

そういうと僕は一階の工場事務室を出た。

丁度一時間遅れてはじまる、一番最後の工程の女の子たちが出勤してくる時間で、僕たちは朝の挨拶を交わした。

すでに白いシャツに黒いスパッツなんていう姿の女の子は一人もいず、誰もが柄物のワンピースや、質感はよくないものの、華やかな色のセーターにジーンズという格好だった。

僕は会社を出て、近くのきれいとはいえない屋台のような店で、ワンタンと沙茶麺を頼んだ。二つで日本円にして40円のこの店には、女性はいないが、内陸から出てきて働いているのであろう男達が、五年前の女の子達と同じように、縫製の悪いズボンと白いシャツで食事をしていた。

僕はワンタンに胡椒を大量に入れながら、一年前に最初にプラントをたてた工場に招かれた時の事を思い出した。

そこでは僕のオヤジができた製品の販売をやっていたが、工場はすでに3つに増え、本社ビル、ホテル、レストランなどが会社の施設としてできていた。

当時自転車でプラントの設置を見に来ていた社長は、ベンツで僕とオヤジを迎えてくれた。

最初のプラント設置から6年が過ぎて、この会社は省でも有数の会社になっていたのだった。

僕は沙茶麺を食べながら、店の前を駆け足で工場に向かう、うちの会社の女の子と周囲の労働者を見比べた。

彼らの着ている服の差は、たしかに最初のプラントを設置したときの僕の決意が生み出したものだった。

だがその時の僕の心の中には、「自分はもう十分にやった」という気持とともに、「本当に自分のやったことは正しかったのだろうか?」という軽い後悔と訳のわからない苛立ちに似た気持ちが渦巻いていた。

3ヶ月後、僕は5年間の中国勤務を終わりにして、日本に戻った。

僕は怯えた顔はしていなかったが、誇らしい顔もしていなかったと思う。

ただ、死んだ祖父の仏壇に報告がてら、父方の実家(?)に顔を出した時に、叔父が言った。

「円は中国行く前は人を殺しそうな目をしていたけど、ずいぶん静かな目をするようになったなあ」

実家を出てタクシーにのったとき、はじめて涙が出た。

その結果がどうであれ、僕はあの国に与えられるものは総て与え、あの国も僕の人生にかけていた何かを与えてくれたのだということをはじめて理解したからだ。

僕は始めて自分はまだまだガキなのだと痛感した。

総てを惜しみなく与えても、自分の思い通りには他人も、世界もなってはいかない。

そのことはなんとか理解したものの、それを当然と受け止め、さらに楽しめるようになるには、あと三年もの時間が必要になるのだった。

The end.

Uploads on coming monday!!
see you (^_-)

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2005.08.08

ベルサイユに萌えて・・・・・(下)

90年代初頭の中国に突如現れたベルサイユな女は・・・

二日後、ナカタ君が北京から帰ってきた。

「いや~、美味しかったですよ。卵一杯抱いていて。北京事務所の連中は大喜びでした。」

青蟹は大好評だったようだ。

僕はあの女の事をナカタ君に話したくてうずうずしていた。

「どうしたんですか?円さん。」

「それがねえ~。凄いのが出たんだよ。」

「なんですか?」

「とびっきりだよ。」

「だから、何がでたんですか?」

僕は二日前に見た、ベルサイユな女の話をした。

「本当ですか?」

「こんな事、ウソついてもしょうがないじゃん。雪玲にきいてみたらわかるよ。本当にベルサイユなんだから。昨日も現れたっていってたよ」

半信半疑のナカタ君と僕は、一階のフロントへ向かった。

まだ早い時間なので、雪玲と、小呉(ショウウー)さんの二人がフロントにいた。

「ナカタかえってきたのね」小呉さんがいった。

小呉さんは、呉なにがしという名前だが、フロントのマネージャーも呉という姓なので、僕等はマネージャーの呉さんを呉幹部。こちらの呉さんを小呉さんと読んでいた。

このころ、外国人の泊まるホテルでの仕事は地元の女の子達にとっては花形で、勤めている女の子達は、誰もがたいてい気だてもよく、仕事もきちんとできる子が多かった。

「うん。雪玲」

「あなたねえ、帰ってきたのはいいけど、他のお客さんの迷惑になるようないたずらばっかりしてないでよ。」

雪玲は時にゴリ押しをするナカタ君が苦手だった。

「何の話?」ナカタ君はちらりと僕の顔を見た。

もちろん僕はそれを無視して、雪玲に話しかけた。

「ナカタにさ~。この前のドレスの女の話したけど信じないんだよ。雪玲からもウソじゃないっていってあげてよ」

「あ、あたしも昨日見た!!あんなヨーロッパの貴族が着るような服、生まれて初めてみちゃった」

小呉さんがいった。

「ほらね」

僕がナカタ君に言うと、彼もようやく信じたようだった。

このころの僕に、雪玲や、小呉さんまでも巻き込んでナカタ君をひっかけるだけの中国語力がないのは、彼が一番良く知っていた。

「どんな子なの?」

「え~とね、背が高いから多分北の方の子だと思うわ。吉林とか、黒竜江省とか。言葉もそんな感じだし。」

「美人?」

「きれいっていえばきれいよね~」

小呉さんと雪玲が目を見合わせて言った。

「でも鼻が黒いんだよね。っていうか鼻の穴がだけど」

そう、ベルサイユは長身でそれなりに美人といえたが、別に豚っぱなって訳でもないのに鼻の穴の黒さが妙に目立った。

「それって、鼻毛がモジャモジャなんでしょうか?」

ナカタ君が僕の顔を見て言った。

「さあ~?特に鼻が上向きって事もないんだけど、なんか鼻の穴が目立つんだよね。」

「鼻の穴がモジャモジャということは、下も・・・・」

そう日本語で言うと、ナカタ君はいたずらっ子のような笑いをした。

ナカタ君の良いところは、エロネタで笑っていても、子供がいたずらを楽しんで笑っているような所があり、下卑た感じがしないところだった。

「噂をすれば・・・・お待ちかねの女の子が来たわよ」

エントランスに着いたタクシーを見ていた雪玲がいい、僕等もふりかえってエントランスを見た。

電動のガラスのドアが開いて入ってきたのは、二日前と同じドレスを着たベルサイユだ!!

階段から中二階を経て、三階のディスコへ向かう彼女をナカタ君はじっと見ていた。

「本当だ。僕も中国は学生時代と今回で、二年間留学しているけれど、あんなドレスを着ている中国人ははじめて見た」

「だからベルサイユだっていったじゃん」

「たしかに。たしかにあれはベルサイユだ。」

「なかなか美人でしょう?」

「うん。確かに鼻の穴が黒いけど」

僕は笑った。

「でも、彼女はあんなドレス何着ももってるんですかねえ?」

「さあ、こないだ僕が見たときは同じドレスでした」

「ねえねえ、彼女戻って来たわよ!!」

小呉さんの声に中二階を見ると、何故かベルサイユがドレスをゆらしながら階段を降りて来るところだった。

そして、フロントの方へ歩いてくる。

僕とナカタ君は、雪玲のほうに体をむけながら、思いっきりの横目でベルサイユを見ていた。

フロントの前にやってきてベルサイユに、小呉さんが「何かご用ですか?」と尋ねた。

「長距離電話をかけたいの」

その彼女の声を聞いて、僕とナカタ君、そして雪玲は顔を見合わせた。

「ではあちらのフォンブースをどうぞ。終わった後、こちらで料金を計算して精算してもらいます。」

ベルサイユはフォンブースへいくと、電話で話し出した。

「うっ・・・」

小呉さんをのぞいた僕等三人は笑うのをこらえるので精一杯だった。

顔には似つかわしくない、すさまじく野太い声なのだ。

その衣装に見合うだけの品位のかけらもない、カエルが鳴いているような声だ。

彼女はフロントで会計をすませてディスコへと戻った。

ディスコでロココ調ドレスというのも考えてみれば凄い話だが、この手の仕事のおねえさんがディスコで踊りまくっているということはない。

隅っこの暗いブースに何人かで陣取って、客の見定めをしているのが普通だ。

「やっぱり黒竜江省でした」

小呉さんが言った。オペレーターからまわってきた請求でわかったのだろう。

「でも凄い声だよね。黒竜江省の女の人ってみんなあんな声なの?」

僕はナカタ君に聞いた

「いや、そんな事はないと思いますよ。っていうか、話し方も品がないなあ~」

小呉さんも雪玲もうなずいた。

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

「どう思います?」

僕の部屋のソファに寝ころびながらナカタ君が言った。

「どうって?」

「ベルサイユですよ」

「ああ、ベルサイユね。私は自分の鼻がまるっこいのに軽くコンプレックスがあるから、きれいな鼻か、かわいらしい鼻の女の子にしか興味ないからな~。ああいう風に鼻に妙なインパクトのある子はちょっと」

「そんな問題じゃないでしょ?問題はベルサイユファッションですよ。ああいうロココ調の服の女性とやったことあります?」

ナカタ君が真剣な顔で言った。

「あるわけないじゃん」

「う~ん。なんでそこで終わるかなあ~。男ならあのロココ服をきせたまま後ろからスカートめくってやってみたいとかおもわないんですか?」

僕はちょっと考えてみた。

なかなかいいかも・・・・

だが想像の中で後ろからスカートをめくりあげた女性がふりかえると、顔には底なし沼のように真っ黒な鼻の穴が・・・・・・

「いや、やっぱりあの鼻では・・・・」

「はあ~」

ナカタ君はため息をつくと、立ち上がり部屋のドアをあけた。

「僕は絶対やってみたいな」

そういうとドアを閉めて出て行った。

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

翌日ナカタ君は部屋には遊びにこなかった。

その翌日になって、お風呂を終えて寝ようとしていた僕の部屋がノックされた。

誰だ?

僕がチェーンをつけたままドアをあけると小呉さんと制服を着た公安局員がいた。

「円さん。公安局の立ち入り検査なの。一人なのはわかってるけど、確認だけさせてくれる?」

僕はドアをあけて、とりあえず公安局員に敬礼して「ご苦労様です」と声をかけ、協力的にふるまった。

海外では警官に非協力的にふるまってもろくな目にあわない。

向こうも外国人ということで緊張しているからとりあえずこちらに敵意がないということがわかれば、余計な物をひっくりかえされなくてすむのだ。

特に問題になるものはないが、スーツケースの中には香港で仕入れたノーカットのプレイボーイやハスラーが入っていた。

公安局員は他に人がいないのを確認すると、すぐに出ていった。

僕は小呉さんを呼び止めた。

「おね~ちゃん達のガサ入れ?」

小呉さんはうなずいた。

廊下の窓からエントランスを見ると、バスがとめられている。

僕はTシャツに短パンのまま、フロントに降りた。

フロントにいた雪玲が「何しに来たの?」といいながらニヤニヤしている。

「いや、なんかここにいると、いいモノが見れる気がしてさ」

そういっていると緑色の公安局の制服につれられて、7~8人の夜の姫君達が中二階にあらわれた。

その中にはベルサイユもいた。

もちろんいつもの白いロココ調のドレス姿だ。

ベルサイユを含む女性達は、そのまま公安局のバスにのせられてどこかにつれていかれた。

それ以来、ベルサイユの姿を見ることはなかった。

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

それから数日後。工場の見回りを終えて、管理室のソファで一息ついている僕の所へナカタ君がやってきた。

なんかポケットにつっこんだ手を動かしている。

「何してんの?」

「え?いや、別に・・・・」

その時、デスクで現地の新聞を読んでいた工場長がいった。

「売春婦ガサ入れ。137人検挙だって」

「それ、おれの部屋にも来たよ。公安局」

「よかったですね。つかまらなくて」

「やってないっつーの!!」

そういうと工場長は舌を鳴らしていった

「検挙されたうちの97%に淋病や梅毒などの性病があったそうです。大丈夫ですか?」

「おれは中国人童貞だから大丈夫。国粋主義者なんだ。」

僕はナカタ君を見た。

「な、なんですか?」

「いや、なんか股間をボリボリしてた気が」

「そんなことないですよ。変な事言わないで下さい!!」

「そお?」

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

しばらくしてナカタ君は急遽日本に一時帰国することになった。

僕は社長に言った。

「ずいぶん急ですねえ」

「そうですねえ。なんかあったんでしょうか?」

社長は何か言いたげな気配を漂わせていた。

「社長。僕は知ってますよ。ナカタ君ベルサイユ見て、やりたいっていってたから。」

わはははははっと社長が大笑いした。

「なんだ知ってたんですか。僕もナカタ君から相談をうけたけど淋病みたいです。毛ジラミもうつされているな。」

「ばっかだなあ~。毛ジラミはしょうがないとしても、淋病って事はナマでやったんですかねえ?」

「本人はずいぶんしょげているんで、淋病ぐらい海の男の勲章だ!!って言ってやりましたよ。」

「勲章ですか?」

「円君は相手しってるんですか?」

僕は社長にベルサイユの話を一通りした。

「いいな~。私も流石にロココ調の服来た女性とはやってないなあ~」

「そうですよね。でも公安局行けばあの服は没収されて、どっかに保管してあるだろうから、借りてきましょうか、奥さんにきせれば・・・」

「いやいや、キミも恐ろしい事いうなあ~」

「でもナカタ君はロココ服の後ろからスカートめくりあげてやったんだと思いますよ。」

僕等二人は「う~ん」といいながら黙り込んだ。

お互いにエロい想像をしているのはわかっていた。

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

その晩僕は夢を見た。

灰色の囚人服を着たベルサイユが出所してくるところだった。

灰色の服を脱いだベルサイユの前に、ロココ調の例の服が出された。

ベルサイユはそれを着ると、矢吹ジョーが収容されていた少年鑑別所のような場所から、恐ろしく不釣り合いなロココファッションででていくのだった。

目が覚めると電話がなっていた。

僕は電話に出た。

「ねえ、何してるの?一緒にテレビ見ない?」

天安門事件のあと、急に地方都市にも現れた夜の姫君達を根絶やしにすることは90年代初頭でも不可能だった。

公安局は思い出したように数ヶ月に一度、一斉検挙をしたが、2週間もすれば内陸から新しい女の子達がやってきた。

田舎から出てきて、学校も満足にでていない彼女たちにとって、まっとうに働いて一ヶ月でようやく稼げる金額を、外国人(香港や台湾人を含む)相手に一晩で稼ぐことができるこの仕事は魅力的だったのだ。

性教育というものがほとんどなされていない中国においては、「気持いいことしてお金かせいで何が悪い」という日本のコギャル達のような感覚で普通の工員から夜の商売に転職する女の子が続出した。

80年代末、絶対禁止だった売春行為は90年代後半には、普通の事になっていた。

公安局のガサ入れにつかまる事のなかった場合、彼女たちの大半は、1年足らずの都会生活で、故郷に親兄弟の為の家をたてる金をためて、故郷に帰っていったのだった。

To be continue.

Uploads on coming monday!!

Maybe (^_-)

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2005.08.01

ベルサイユに萌えて・・・・・(中)

遂に夜の姫君達は僕等の陣取るホテルにまで・・・

それから2ヶ月・・・・

あらゆるホテルのあらゆるコーヒーショップはその筋の女性達に占拠されてしまった。

そのころの彼女たちのファッションは、膝上のジーンズのミニスカートにタンクトップというのが多かった。

彼女たちはホテルに泊まり、昼間はホテルのコーヒーショップなどでヒマを潰し、夜になるとディスコと言われていたナイトクラブに現れて客を取る。

それはいいのだが、問題はディスコで客をとれなかったねーちゃんや、早めに客をとって、ショートで終わらして、朝までにもう一人客を取ろうとするねーちゃん達である。

彼女たちが何をするかというと、自分がとまっているホテルの内線電話を使って、1階の1号室から、絨毯爆撃の如く一部屋一部屋客がつくまで丹念に電話をかけていくのである。

それはホテルのディスコが終わる11時頃からはじまり、酷いときは夜中の3時頃にかかってくることがあった。

だが大抵は夜中の1時くらい、丁度僕が寝入ったころにかかってくる。

トゥルルルル トゥルルルル

「はい」

「今晩は」

「?」

「今、なにしているの?」

「あんただれ?」

「さ~。だれだと思う?」

「知らん」

「私今、XX室にとまっているの。あなたの部屋にビデオ見に行っていいかしら?」

「おれの部屋でも、キミの部屋でも、みれるビデオは一緒だろ!!自分の部屋でみろ!!」

ガチャリ

こっちは明日の8時には出勤していなければならないのだ。

するとすぐにまた電話が鳴る。

当時僕のために会社が年間契約してくれていたのは、シングルを二部屋つなげて、一部屋をリビングにしたスィートだった。

従い電話は二回線あり、どちらかに電話がくると、もう一方もなる。

仕方なく出ると、また同じ女の声がする

「あら、またあなた?スィートなんだ。お金持ちなのね。これから遊びに行ってもいい?」

「ダメ」

ガチャリ

翌日、僕は(電話の)交換室へ行って事情を話した。

「時間指定でつながらなくすることはできますけど」

中国の12時は日本の1時である。

「12時から7時は電話つながないようにして」

翌日からはその手の電話でおこされる事はなくなった。

しかし、テレビを見ても、僕の中国語のレベルではおおまかなことしかわからない。

というか90年代頭の中国では、面白いテレビ番組自体がない。

日本から14インチのマルチテレビとファミコンを持ち込んだのだが、時間つぶしにやろうと思っていた「信長の野望」は、14インチのテレビでは、文字が読めない事が判明した。

「円さん。ヒマですよ」

「そうだね~」

土曜日の夜、僕の部屋に遊びに来ていたナカタ君と話していると電話がなった。

「ねえ、何しているの?」

時計を見ると10時半だ。

ディスコに客がいずにあきらめて部屋に戻ってきたのだろうか?

「何も」

「部屋にいくから、一緒にテレビでも見ない?」

「見ない」

ガチャン!!

また電話がなった。

「円さん僕がでますよ。」ナカタ君がうすら笑いをうかべて言った。

「さっきバーで一緒になった台湾人の部屋下の階の4号室ですよね?」

僕等がバーで飲んでいると、台湾人がやってきて、週末だというのに月曜も仕事があるので台湾に帰れないとぼやいていたのだった。

「何しているの?」

「打飛機!!」

ガクッ(>_<)

打飛機(ダーフィチー)とは、いわゆる男性のひとりHのことである。

一説にはインベーダーゲームをやるときに手を激しく動かす様を見て、それが、男性版ひとりHの時の腕の動きに似ていたので、そのように呼ばれるようになったというのだが、実際そうなのかどうかは明言できない。

「はははは。一人でやってて楽しい?」

「楽しくないけど、公安局につかまりたくないからしょうがないよ」

「ねえ、私がやってあげようか?」

「え~。キミかわいいの?」

「かわいいいかどうかは、部屋に行ってみればわかるじゃない?」

「でも、今、イッちゃったからな」

「バカねえ。私ならもっとうまくとばせてあげられるのに」

「残念!!そういえばさあ、さっきバーで一緒に飲んでいた404の台湾人が、寂しい寂しいっていって部屋帰ったよ。電話してみれば?」

「あら、そう?じゃあ、してみようかしら。」

ガチャン。

「円さん行きますよ!!」

「何?」

「張り込みです。女の子かわいいか確認しないと。」

「はあ・・・」

僕はナカタ君と一緒に階段をかけおりて、404のドア前に立った。

丁度、部屋の中で電話のベルがなるのが聞こえた。

ナカタ君はドアに耳をつけて話を聞いている。

「きますよ!!きますよ円さん!!階段に戻りましょう。女の子が上の階から来るか、下の階から来るかわからないから、円さんは上を見張って、もし女の子が来たら下におりてきて、僕等はいったん3階まで一緒におりましょう。下は僕が見ていて、女の子が来たら上に戻りますから。」

そうして僕等は4階の踊り場と5階の踊り場にわかれて、女の子が来るのを待った。

「来ましたよ!!」

ナカタ君がこちらにあがってくると言った。

僕等は下を見た。

黒のタンクトップにジーンズのミニスカ姿の女が階段を上って来る所だった

「呼ばなくてよかった・・・・」

ナカタ君が言った。

「あのさ、ディスコで客捕まえられなかったこと自体が、美人ではないって事を証明してると思うよ」

「それもそうですね」

僕等は部屋からコーラを持ち出して、踊り場で飲みながら待ったが、女の子は台湾人の部屋に入ったまま、でてこない。

15分ほどすると台湾人の部屋のドアが開いて、「開けないで下さい」と書いた札をドアノブにかけて、ドアを閉めた。

「円さん。商談が成立したようですね。朝までやるつもりです」

「そうだね」

「僕は部屋に帰って、10分おきに無言電話をかけますよ」

「・・・・・」

「んじゃ、お休みなさい」

「・・・・・」

僕はナカタ君を見送ってから、台湾人の部屋の前に行った。

そして「開けないで下さい」を裏返して「すぐに掃除してください」に変えると自分の部屋に戻って行った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日、夜10時半になると部屋に電話が複数かかってきた。

それをナカタ君にいうと、「今夜から僕も11時まで円さんの部屋につめます」と言い出した。

10時になるとビールをもったナカタ君があらわれ、部屋で待機をはじめた。

10時半きっかりになると電話がなった。もちろんナカタ君が出た。

「何してるの?」

「打飛機!!」

フロントや、交換オペレーター、各階の服務員と仲のいい僕は、ナカタ君に言われて4階の台湾人が一人でとまっている部屋をいくつか聞いておいた。

ナカタ君は、この前とまったく同じ要領で台湾人の部屋を教えてあげていた。

そして僕等はその部屋のドアへと走り、電話で商談が進んでいるのを確認すると踊り場で待ち伏せして、女の子の容貌をチェック。

そしてまた「開けないで下さい」の札が下がると、それを「すぐに掃除して下さい」にひっくり返して部屋に帰った。

翌日、翌々日、ぼくらはまったく同じ事をした。

そのたびにかけて来る女の子は違った。

だが、さらに翌日になると、電話してくる女の子の後ろで別の女の子の笑い声が聞こえるようになり、しかも一人の女の子に部屋を教えてあげると僕等が部屋に帰って来る頃、また別の女の子から電話がかかってくるようになった。

もちろんナカタ君が出て、別の台湾人の部屋を教えてぼくらは女の子をチェックして札をひっくり返して、部屋に戻り寝た。

12時以降は電話はかかってこなかった。

交換機で、きちんとつながらないように設定してあるからだ。

その週の土曜日はすごかった。

11時にかかってきた最初の電話の女の子は、「打飛機先生(ミスターひとりHとでも訳すか?)はいる?」と言ってきた。

後ろでは何人もの女の子の笑い声がしている。

ナカタ君は喜んで中国語でエロトークをしたあと、台湾人が一人で泊まっている部屋番号を教えた。果たして彼の会社は、会社が経費を全部もって北京大学に留学させて彼におぼえさせた中国語が、夜の姫君達とのエロ電話トークに使われていて、納得できるのか?

僕等が確認に行こうとすると、また電話がなった。

「打飛機先生はいる?」

ナカタ君はまたしてもエロトークをして別の台湾人の部屋を教えた。

続けざまに「打飛機先生」への電話がやってきて、6人目を紹介したところで、電話がこなくなった。

「なんか凄いね」

「円さん。僕が思うに、これはホテルもつるんでいますね。売春婦はかっこうでわかるから、ここに泊まっていて、ホテルが知らない訳がない。きっとホテル筋の売春婦ルートにこの部屋の打飛機先生に電話すると客を紹介してもらえるという噂が広がっているんじゃないでしょうか?」

「それっておれの部屋?」

「そうなりますが・・・・あっ!!今日の成果を見に行きましょうよ!!」

ナカタ君は、僕の年間契約している部屋がポン引きのような仕事していると思われて嫌がっているのに気づいたのか、急に話題をそらした。

ぼくらは4階におりていったが、見事なまでに6部屋「あけないでください」と札がかかっていた。

「う~ん。頑張った甲斐がありましたね」

「まあ、そうだね」

「これで女の子達も台湾人から高いギャラもらえて、台湾人も若い女の子と一晩寂しくない夜を過ごせて、大満足です。僕たちはなんていいことをしてしまったんだ」

確かにそうかも。

僕等は一部屋ずつドアに耳をつけて部屋の中の音を確認したが、とくにみだらな音声ははいってこなかった。

もちろん二人で笑いながら6つの部屋の「あけないでください」と書いた札を「すぐに掃除してください」にひっくり返して部屋に戻ったのはいうまでもない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

元々本社の北京事務所からヘルプで派遣されていたナカタ君は、いったん北京に戻ることになった。

お昼を皆で一緒に食べると、北京へのお土産に生きた青蟹を3杯もって、午後の飛行機で彼は北京にむかった。

別のホテルで夕食をして、部屋に帰り、8時過ぎに冷たいモノでもないかと冷蔵庫を開けると、空なのに気づいた。

1階の売店で椰子の実ジュースとコーラを何本か買い、部屋に戻ろうとするとフロントのサブマネージャーの雪玲に呼び止められた。

「円さん。ちょっとちょっと」

雪玲は小柄で肌の白い、メガネをかけた地味なタイプの女の子だ。

だが仕事は真面目で、大抵のことは彼女に頼んでおくときちんとやっておいてくれる。

「何?」

「最近、夜になると悪いことしてない?」

「さあ?」

『今朝、「掃除して下さい」の札見て服務員が掃除に入るとねえ』

「はあ」

「けっこう面倒な事になってたのよ」

「なるほど」

『お客さんは「あけないでください」にして寝たっていうのだけど』

「ふむふむ」

「まさかそれをひっくり返したりはしてないわよね?」

「誰が?」

僕は雪玲の顔をみながら言った。

「あなた、もしくはナカタがよ」

雪玲も僕の顔を見ていった。

「う~んナカタならやるかもしれない。でもさ、面倒な事って、どうせ女を部屋にひっぱりこんでたってことでしょ?犯罪行為が、このホテルを舞台におこなわれているのがわかってよかったじゃん!!取り締まれよ。派手に」

当時若年でこの町で一番の規模の日系企業にやってきた僕は、地元の公安局から間接的に監視されていた。当時某国の留学していたみゆちゃんから送られてくるシモネタ国際郵便は、すべて一度開封したあとがあったし、この一年後には、この雪玲から、監視対象だったことを告げられることになるのだ。

そんな僕にとって、毎晩誘いをかけてくる夜の姫君は煩わしいばっかりなのだ。

部屋にいれれば、次の日には董事会(要するに会長にあたる人達の僕の合弁会社における最高意志決定機関だ)の査問にかけられ、国外退去を命じられるのは間違いない。

雪玲は困ったように僕の顔を見た。

やっぱり、彼女達が泊まっているのはホテル側も承知の上なのだ。

何故台湾人が泊まっている、4階だけ10時を過ぎると服務台に服務員がいないのか納得できた。

「まあ、ナカタが帰ってきたら、やらないように言っておくよ。」

僕はそういうとフロントのカウンターを離れた。

その時。

僕の目の隅に二階のレストラン、三階のディスコにつづく中二階のテラスのところに僕が中国に来てからはじめて見るゴージャスなものが現れた。

1990年代初等の中国は今とは違う。

共産主義国家であり、労働者の国だ。

だが、中二階のテラスにたっている女性が来ていたのはチャイナドレスでもなければ、人民服でもなかった。

彼女が身にまとっていたのは、僕がマンガの『ベルサイユのばら』で当時の貴族が着ているのしかみたことのない、純白の、腰が思いっきりふくらんだドレスだったのだ!!

彼女はテラスから僕と雪玲を見下ろしていた。

そう、まるで共産主義国家の中国にタイムマシンで迷い込んでしまったマリー・アントワネットのように・・・・・・

To be continue.
Uploads on coming monday!!
see you (^_-)

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