老人ボケの直し方4
老人ボケに陥った祖母を復活させる悪魔系の秘法とは・・・・
僕のマンションはは、実家から1駅離れたところに確保できたのだが、中国からおくった荷物は、まだ当分つかないことがわかった。
仕方がないので、とりあえず休日にはカーテンやらキッチン、バスルーム関連の物などを買い、ベッドや洗濯機を、注文したりしていた。
祖母は5日ほど入院していただけで、帰ってきた。
僕は、まだ、母親の友人のアパートに住んでいたので、食事と洗濯とお風呂は実家の世話にならなければならない。
従い、会社から戻ってから、毎日数時間祖母を観察することができた。
祖母はほぼ一日中テレビをつけて自室にいる。
笑いやらなにやらが聞こえたりはしないので、(昔はよくテレビ見て笑っていた)実際に見ているのかどうかはわからない。
食事は一緒の時間にするが、床に直接はすわれないので、キッチンのテーブルに一人座って食べる。
だから皆と話すこともない。
わかった。
僕が思うに、祖母のボケは、脳に対する情報のインプットが極端に少ない為におこっている。
多分彼女の脳は、テレビをつけることと、お風呂にはいることと、食事をすることと、寝るとき起きたときに、服を着替えることにしか使用されていない。
母が祖母に関する愚痴を言ったときに、僕はそのことをいい、「あのさ、犬とか猫をかって、おばあちゃんに世話させたら?」といった。
愛情をもって世話をするモノを与えることで、脳の働きを活発化させようという作戦である。犬を飼えばお散歩にもいかなければならず、祖母の運動になるではないか。
「うちが、犬や、猫かえないの知ってるでしょ」
それはそうだった。
さて、どうするか・・・・
祖母はもともと、戦闘的な人間だったはずだが・・・・
人の心を動かすモノ。
それは愛。
そして・・・・・
(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)
翌日の夕食。おかずは豚肉の生姜焼きだった。
「あ、俺テーブルで食べよ!!」
僕は正座はできるが、アグラが苦手である。
従い、足を伸ばせないお膳での食事は苦手なのだ。
僕は祖母とともに、ダイニングテーブルについた。
居間のテーブルからは、こちらは見えない。
僕はすごい勢いで自分の分を片付け、ご飯を少しだけ残した。
そして、ゆっくり食べている祖母のお皿の、豚の生姜焼きを一切れゆっくりと取り上げると、ご飯と一緒にムシャムシャと食べた。
祖母はゆっくりと視線を僕に向けたが、その目にはなんの感情も感じられなかった。
僕はニヤリとすると残った味噌汁をごくごくと飲み、「ごちそうさま」といってダイニングテーブルを離れた。
そう、祖母はもともと勝ち気な性格である。
人の心を動かすモノ。
それが愛や、感動であればそれに越したことはない。
しかしそうでないならば・・・・・
怒りと憎しみ!!
これしかない
(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)
翌日。
再び僕が祖母のおかずを盗むと、はじめて祖母は小さな声で「あっ」といった。
僕はニヤリとして、元気よく「ごちそうさま」というと、お風呂にはいった。
その翌日。再び食事の時間。
祖母はこれまでとはまったく違った。
食事中、視線をまったく僕から放さない。
僕が食べ終わりそうになると、腕で自分の残りのおかずを隠そうとする。
僕は祖母のおかずを盗めないのを承知で箸をのばし、ブロックされると「チッ」っといって、テーブルを離れた。
さらにその翌日。
祖母はやはり僕に視線をすえたまま、夕食を食べる。
しかも僕にまけないような早さだ。
そのうえ、おかずを優先的に食べている。
僕が全部を食べ終わったとき、祖母の皿に残っていたのは、付け合わせのキャベツと味噌汁、ご飯が少々。
僕がテーブルを離れるとき、祖母がニヤリと笑った気がした。
会社で中国から送った荷物の通関がすんだという報告をうけて、僕は借りたマンションにすべておくってもらうよう頼んだ。
あさっての午前中には届くという。
出社した父が僕を呼び止めた。
『おい、おばあちゃんが、俺が出るとき玄関まで来て、「ちょっと聞きたいのだけど円はいつ頃引っ越すのかね?」と言ってたぞ。ばあさんがウチに来てから、俺に話しかけるのは初めてだな。』
なんと。祖母の精神活動は、孫に夕食のおかずを盗まれることで、急速に活発化しているらしい。
「荷物があさってマンションに来るから週末には引っ越しするよ」
夕方、僕が実家に戻ると、丁度祖母がトイレから出てきたところだった。
僕はすれ違いざま、祖母の喉に向かって、「ぶっちゃっ!!」と言いながら、往年の名レスラー、アブドーラ・ブッチャーの必殺技、地獄突きを見舞った。
もちろん実際は喉をなでたくらいのモノである。
だが、祖母の反応はすごかった。
僕をにらみつける視線には怒りというより、怨念の炎が燃えているようだった。
僕はニヤリと笑うとキッチンへ向かった。
その日の夕食はすごかった。
祖母は信じられない早さで食事をかき込んでいった。
もちろん僕を怨念の炎がもえさかる視線でにらみつけたままだ。
食事が終わるのは僕よりも早かった。
僕の後ろをとおって、流しに皿をおくと、僕の背中に肘をぶつけて自分の部屋に戻っていった。
母親が「あら、おばあちゃんはやいわねえ」と驚いたようにいった。
祖母の心は怨念の炎で燃えさかり、動くことのなかった脳はすごい勢いで回復していったのである。
(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)
翌日母親が『おばあちゃん、夜ごそごそやってるから、部屋のぞいたら、引っ越ししてからの荷物開けてあれこれいじっているのよ。「何してるの?」って言ったら「あたしもここに来て大分立つから、荷物もかたづけなきゃね」とかいうの。いままで万年床でテレビ見るだけだったのにどういう風の吹き回しかしら。』
その日の夕方、僕と祖母はにらみ合いながら、すごい勢いで夕食をすました。
僕の方が少しだけ早かったが、休みなく箸を動かす祖母のおかずを盗む事はできなかった。
席を立つとき、僕は祖母にいった。
「明日荷物が来るけど、ベットや洗濯機は来週の中頃だから、それまでは来るからな」
なんという立派な孫なんだろう!!
痴呆になった祖母を復活させるために、見事なヒール(悪役)っぷり!!
翌日荷物が運び込まれると、僕は速攻で整理をはじめた。
洗濯はできないが、食事は外で買うか外食すればいいし、お風呂も入れる。
そうだ。あれを取りにいかなければ。
実家の僕の部屋の袋戸棚には、月刊化されてからのオカルト雑誌『ムー』が五年分とってある。
たしか創刊号は二万円で取引されていると、当時どっかで読んだ。
創刊号ではないが、五年分そろっているので、それなりにはなるだろう。
それにファーストガンダムがテレビでやってたころのアニメ雑誌「OUT」。
なんと「セイラ・マスのヌードピンナップ付」の号だ!!
一体いくらになるんだ・・・・
日曜日、妹が家にいたので、自分で荷物を取りに行き、妹に車で運んでもらうことにした。
「おばあちゃんゴメンよ」
僕はそういって、元僕の部屋。今、祖母の部屋を開けた。
そして、押入の上にある袋戸棚をあけると・・・・・
ない・・・・
一年づつ、紐でくくった「ムー」も、月刊「OUT」他、妖しげな雑誌類も、宇宙戦艦ヤマトや、エルガイム、イデオン、ガンダムのロマンアルバムも、全部なくなっている!!
かわりにあるのは、あきらかに祖母の荷物!!
布団の上に座ってテレビを見ている祖母に僕は聞いた。
「おばあちゃん、ここにあった本とかは?」
「捨てた」
まさか・・・・
確かに祖母は歳の割には長身で、台を使えば、袋戸棚の中をいじるのは可能だろうが・・・
「下のゴミ捨て場に?」
「そう」
僕はあわててゴミ捨て場に走った。
ゴミは土曜日にもっていかれたらしく、何もなかった。
くっ!!
まさか、あの老婆に袋戸棚のモノを捨てるだけの力があるとは・・・・
小分けにして運んだとしても、本だから、20キロや30キロはあるぞ・・・・
それにしても・・・・
コノウラミ・・・・
コノウラミハラサズオクベキカ!!
僕の心にも怨念の炎が燃えさかっていった。
To be continue.
Uploads on coming monday!!
see you (^_-)
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