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2004.11.29

円海@日本鬼子裏天使

「日本人?適当におだてておいて、耳障りのいいことばっかりいっといて、あとはカラオケいって女抱かせておけば、大抵はなんとかなるっしょ」

まあ、業種にもよるかと思うが、中国で日本人相手に商売している中国人の日本人観はおおむねこんな感じだと思う。

だが、日本人と接触したことのない内陸部の中国人ともなると事情は違う。彼らの中にある日本人とは、テレビなんかで見る、何かというと「バカヤロ!!」といって、中国人をビンタして、虐め、銃殺やら、日本刀でばっさりやる、戦中の日本人である。

このような日本人を中国人は「日本鬼子」という。

まあ、戦前の日本における「鬼畜米英」と同じようなものだが、「南京大虐殺」とか、「731部隊」とか、鬼畜のような行為が100%現実とされている中国では、「鬼畜米英は誤解でした」と今では思っている日本人とは違い、「日本鬼子」はなかなかリアルな恐怖である。

それを思い知ったのは、合弁会社の工場をたてていた時である。

董事会という、中国側3名(董事長、董事、副社長)日本側4名(副董事、董事社長、董事、副社長)の計7名での経営最高会議の席上、工場の建築会社の社長が呼び出された。

工場の建築が遅れて、予定通りにはできないと言うのである。

当然の事ながら、日中を問わず、董事会の面々は一人残らずご立腹であった。

何故かというと、すでに鉄筋コンクリートの部分はできあがっていて、あとは、柱と柱の間に、煉瓦つみたてて、上から塗るくらいだからである。

建物は三階だが、二階、三階は来年、機械等設置する予定なので、一階だけ、きちんと仕上げ、あとは裸でいいというのが、我々の要求なのだ。

午前中、日本側の副董事に「どうなんだ?」ときかれた僕は、「煉瓦積む工員を倍にさせれば簡単でしょう。日本円にしたら1人200円くらいの日当ですから。やらないのはやる気がないからですよ。あるいは、建築資材が値下がりしそうなんで、それを待っているのか・・・」

「じゃあ、午後、建築会社の社長を呼び出しますが、日本側としては断固としてやらせるということで」

中国側も状況は似たりよったり。

建築会社を選ぶとき、日本側は当然入札を主張したが、中国側から、「中国では(当時)建築資材の値上がりは、建築会社のリスクでなく、施工主のリスクなので、意味がない」みたいな主張があり、市政府から建設会社を二件リストアップしてきた。

日本側はそこに、様々な事情を読み取ったものの、中国側に対して「では建築に関しては責任をもっていただけるのですね」ということで、譲歩したのである。

建物の品質はたてなければわからないが、期限までに立たないのは、中国側としてもまずい。

初年度が赤字経営になったとき、必ず建築が間に合わなかったからだと、言われてしまうからである。

建築会社の社長がやってきて、状況説明がはじまった。

建築会社の社長の右に僕。左に日本側の董事社長。

正面に日本側の副董事長。
右に日本側董事のウチのオヤジ。
左には通訳。

中国側は全員、両側に避難である。

このフォーメーションこそ、「日本側、やっちゃって下さいよ」のフォーメーション。

中国側の誰かが、この建設会社の社長をかばうつもりがあれば、必ず建設会社社長の隣に席をとる。

30分かけて、建設会社の社長が工事の状況を説明したときには、全員がキレはじめていた。

イライラがつのった僕は席を立ち、壁によりかかってタバコをふかした。

「で、結局のところ、工事はいつ終了するのですか」

日本側の董事社長が言うと、また、説明がはじまる。

「説明はいいですから、期限をいってください」

契約時に約束した期限の2ヶ月後という話だった。

これにはさすがに中国側もあきれた表情をした。

「あのね、もう、基礎の部分は全部出来たし、コンクリートも乾いてるでしょう?あとは、煉瓦積んで、上からコンクリ塗って壁つくって塗装するくらいでしょう?なんで4ヶ月もかかるかなあ?」

仕方なく、僕が言った。

「えっとですねえ、それはこの会社は、日本との合弁会社でして、内装もきれいにきれいに仕上げないといけないわけでして、一階の工場の床も大理石をひいて・・・・」

その瞬間、まだ、若かった僕の頭はブチッ!!と音がしてキレた。

自分がさっきまで座っていたパイプ椅子を蹴上ると、椅子は壁まで飛んでぐしゃっとおっこちた。

だが、それと同時に、元K田のキ○ガイといわれたオヤジもキレていた。

テーブルをバシッ!!とたたくと、日本語で、「工場の床大理石張りにする必要があるわけねーだろっ!!」と激怒していたのだ。

僕は建設会社社長の後ろをいったりきたりし、斜め正面にはキレたオヤジがすわっている。

そして壁際には、蹴りつけられて、壊れていそうなパイプ椅子。

会議室は一瞬で殺気に満ち、それまでヘラヘラしていた建設会社社長の顔は冗談抜きに血の気がうせ、唇まで青くなった。

それを見て日本側の副董事長が、不機嫌そうな顔はそのままで静かに言った。

「ここは一つ、契約通りにやっていただくってことで、頑張っていただけませんかね。我々も遊びで金出しているんじゃないんで」

通訳が中国語に訳すと、建設会社の社長は何度もうなずいた。

中国側の董事長が言った

「日本側の董事の言うとおり。床は水磨き石で十分でしょう。3日以内に、きちんとした建築スケジュールを持ってくるように」

会議後、夜の食事はこの話題で盛り上がった。

「いや~怖かったと思いますよ。あの建築会社社長、この前会社きたとき、今の日本人は礼儀正しいんですねとかいってましたから」

「それが机叩いて怒鳴られるは、椅子はいきなり壁に蹴上げられるは、まるで特攻警察の取り調べ室みたいですからな」

それを聞いていた知日派の董事長も笑いながら言った。

「いや、本当にテレビや、映画で見る、日本の軍人の取り調べかと思いました。彼、すごく怯えていましたよ。日本人は礼儀正しいけど、約束を守らない人間には厳しい。昔は日本人同士でも約束を守れないと、腹切りさせられるの聞いた事あるだろう?っていったら、何度もうなずいていました。まあ、期限通りにきちっとやると思いますね」

「唇まで、青くなってましたからね」と董事社長。

「でも、あれくらいで、あんな真っ青になることないのにねえ」

僕がそういうと、通訳が言った。

「だって中国人は、日本の軍人の怖さを、テレビや、映画、親なんかから聞かされて育っているんですよ。実際日本に行ったことがあったり、日本人と付き合いがあれば、今の日本人が、ああいうのとは違うってことがわかりますけれど、日本人と触れる機会がない大半の中国人にとっては、日本鬼子はまだ現実の話なんですから」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それから何年かがすぎ・・・・

その年、僕は「80億の男」と仕事をしていた。

彼の工場に発注して、それをきちんと注文通り作るか確認し、つくれなければ作り方を指導して、それでもダメなら生産そのものを中止するのがお役目である。

80億の男。

それは最初、僕があつかっている製品の原料からはじめて成功し、それを担保に加工工場やら関係企業を銀行から
借金してガンガンたてているうちに、僕より一コ下にもかかわらず、資産が(日本円で)80億になってしまった(と同時に、銀行の借金も似たりよったりなんだけど)というアホである。

(注:ただしこの「アホ」といういい方には愛がこもっているので、誤解なきよう)

僕は「80億の男」が「8000万の男」くらいのときに、彼の噂を聞いていた。

「4億の男」くらいになったとき、初めて会ったが、僕の10年以上にわたる中国人との付き合いのなかで、初対面で、
個人的に好感を持てたのは、この「80億の男」の他には2人だけである。

それから4年がたち、一緒に仕事をすることになったのだが、彼も僕の事は「買収不可の△市の鬼日本人」として知っており、最初こそ、警戒していたが、知り合ううちに、残虐な性格だから「鬼」なんではなくてあらかじめ決めたルールを厳格に守るから「鬼」なのだとわかり、終業後、客がいないときは、毎日のように一緒に夕食を食べにいったりしていた。

僕が「80億の男」を気に入ったのは、彼が極めて短い期間で財をなしたことを自慢するわけでもなく、これは時流にのっただけで、自分にも、周囲の人間にも、これだけの事業を管理する能力はないのだとわかっているように見える事だった。

いつかは破綻するのはわかっている彼が、内心望んでいるのは、「破綻するまえに、オーストラリアにでも移住できたらいいなあ~。まあ、破綻しても銀行からの借金だから、殺されるわけではなし、たいした事ないっていえば、ないんだけどさあ」って事だったりする。

その、変に達観したスタンスはみていて面白かったし、一緒にいても疲れなかった。

社内ではもちろん、彼の住む街でも、彼は半ば伝説化したカリスマなのだったが、カリスマでいたくないときは、僕を呼び出し、二人でカラオケいったりマッサージにでかけたり、ホテルのコーヒーショップで馬鹿話したりしていた。

そんなある日、三階にもらった個室事務所で、生産の集計などを僕がしていると、中庭(といっても草木が植わってるわけではないが)が騒がしい。

廊下にでて、窓からのぞくと、一人の人間が地べたに正座させられて、まわりを20人くらいの警備員やら、工員が取り囲んでいた。

火事と喧嘩は江戸の華。

中国に来ていても、僕にとっては同じである。

僕は速攻で、駆け下りていった。

下に降りて見てみると、どうやら正座させられながらうずくまっている男が、警備員に尋問を受けているようだった。

すでにボコボコにされていて、唇は切れ、鼻からは血がでている。

僕に通訳としてついている女性がやってきて、「ああっ!!」と口を押さえたかと思うと、周囲に何事かと聞き始めた。

「原料を盗んでいるところを捕まえたそうです。XX省の人で、他にいた二人が逃げたので、今、尋問しています。」

軍隊あがりの警備員がボコっと腹を蹴って、盗っ人はうずくまった。

逃げた二人は、すでにバスかなんかに乗って街から出てしまい、彼が何を吐いても捕まらないだろう。

別に痛い思いしてなくてもなあ~

適当にゲロっちゃえばいいのに。

盗っ人とはいえ、かわいそうになあ~

中国人は省どころか、市が違えば、外国人みたいなもんで、容赦しないからな~

そう思って部屋に帰ろうかとすると、窓から80億の男がこちらを見ているのが見えた。

どうやら、僕の部屋にきて、僕がいないので、中庭を見たところらしかった。

80億の男はおりてくると僕の顔を見てニヤリと笑った。


うっ・・・激しくイヤな予感(-_-)


80億の男が警備員に尋ねた。

「二人逃げたんですが、こいつ、その二人の事を含めて全然吐きません。出身と名前言っただけで」

警備員が答えた。

「身分証は?」

「もっていません」

それをきくと80億の男はしゃがんで、盗っ人の髪をつかんで、顔をあげた。

「おい、二人がどこにいったか言え。言うまで、いためつけられるぞ」

「られる」かよっ(>_<)!!

盗っ人は返事をしない。

80億の男は、盗っ人をビンタした。

80億の男は180センチ以上の長身だが、細い。

盗っ人はやはり何もいわなかった。

「おまえもやれよ」

80億の男が僕を見て言った。

え?

イヤだよ。

西村寿光おすすめの、指とツメの間に串を差し込む拷問とか、平井和正のアダルトウルフガイシリーズで出てくる、指をペンチで一本ずつつぶす拷問とか、ノビー落合ご推薦の、頭に袋かぶせてフォークでモモなんかを刺すみたいな神経系にくる拷問かけられた奴ならば、殴ろうが蹴ろうが、急所はずせばまず死ぬことはない。

だけど、こんなボコボコにされた奴、すでに肋骨にヒビ入っていたりして軽くあばら蹴っても、肋骨折れて肺に突き刺さって死ぬかもしれないじゃん(-_-)

僕が乗り気でないのを見て取った80億の男は盗っ人の髪を再度つかんで言った

「おい、おまえ運が悪いな。ここにいるのが誰だかわかるか?うちのお客の日本人だ。ほれ」

僕の方を向いた盗っ人の左目は腫れていた。だが、右目は焦点を失っていたりはしなかった。

頑張りやさんの盗っ人だ。

「おまえが盗もうとしたのは、この日本人に渡す商品なんだよ。だからな、こいつは今、えらく怒ってるんだ。わかるか?」

いや、三人で盗めるくらいの原料がどうなろうと、オレは怒ってないよ・・・

日本についてからが、ウチのリスクだし・・・・

おまえだって、それくらい何ともないだろ!!80億の男なんだから!!

「おまえを、この日本人に渡してやる。どんなことになるか見物だな。おまえも本当の日本鬼子は見たことないだろ?よかったな。実体験できて」

おいっ!!

誰が日本鬼子じゃっ!!

っていうか、この盗っ人。さっきまでのふてくされた面構えがマジ怯えた顔になってるんですが・・・

「おい、おまえ」
80億の男が警備員を見て言った。

「こいつを日本人の言うとおりにしてやれ」

そういうと80億の男は自分の部屋に戻って行った。

ん?

僕が逃がしてやれといえば逃がすのか?

「どうしますか?」

警備員が言った。

だが、いつの間にか30人以上に増えた工員が僕等を取り囲んでいる。

全員が、激しく期待のこもった目で僕の事を見ていた。

やばい!!

とても逃がしてやれ!!といえた雰囲気じゃないぞ・・・

そんな事をしたら、工員の間には「あの日本人ヘタレだぜ・・・」という噂がひろまってしまう。

かといって、警備員に「好きにしろ」なんて言ったら最後、どうもこの工員共が好きなだけ殴る蹴るの暴行を加えそうだ。

まあ、僕的にはなんの関係もない奴だし、自分のモノ盗まれたわけではなし、しかもここまでボコボコにされても吐かない根性をたたえて、このまま生きた状態で公安に引き渡したいが・・・

その時僕の目に、原料倉庫のわきにある、ホースのついた蛇口が見えた。

これだ。

これしかない。

「うん。そうだな。おまえらのやり方じゃダメだ。」

とりあえず僕は言った。

「こいつに全部吐かせたいんだろう?じゃあ、速攻で吐く気になる方法を教えてやる。こいつの口にあそこの水道のホース突っ込め。喉までだぞ。そいでもって、肩をおさえつけて蛇口を開く。腹がふくれたら俺が思いっきり蹴るから。まあ、3回以上は耐えられんと思うけど、仲間を思う気持ちがあるならがんばれ」

シ~ン。

周囲は思いっきりドン引きになった。

日本人が空手か、柔道の技を使って、この盗っ人を更にボコボコにするのではないかと、期待に目をランランと輝かせていた連中も、「えぐっ(>_<)」って顔になった。

ホースを喉の奥までつっこんで、蛇口を開ける・・・

おぼれ死ぬよ・・・・

さらに腹がふくれたら、思いっきり蹴る・・・・・・

絶対苦しいよ・・・・

だがドン引きになるだけでは、すまない人もいた。

盗っ人本人である。

血だらけの顔が引きつっていた。

僕の心の中で、かつての建設会社社長の青くなった唇が思い浮かんだ。

あと一息で吐くな・・・・

僕は警備員にいった。

「連れて行けよ。ホースつっこめ。早く終わらせて飯喰いにいくんだから」

警備員は、まじまじと僕の顔を見た。

そして僕の真意を察したらしく、もう一人の警備員とともに盗っ人の腕をつかみ、手荒にひきずっていった。

盗っ人は何かいいながら、激しく抵抗した。

僕は無表情でそれを見ていた。

蛇口の所まで引っ張られると、盗っ人はついに泣き出した。

「全部話すっていってますけど。どうします?」

警備員が僕に尋ねた。

「だったらいいんじゃない?」

警備員が盗っ人を詰所に引っ立てていったが、盗人は自分の足で歩いていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

僕と80億の男は、二人で食事をしていた。

フカヒレとアワビを含む数品を80億の男がオーダーしていた。

「さすがにこの二品入れると、みんなでって訳にはいかないからな」

80億の男にとっても贅沢は敵らしい。

「ところで、あの盗っ人、全部吐いたらしいな」

ニヤニヤと笑いながら80億の男が言った。

「そう?」

「おまえ、あの盗っ人にホースくわえさせて水を飲ませた上で、蹴り回そうっていったらしいな」

「まあね」

「みんな流石にやる気がなくなったって言ってたぞ」

「そう?」

「日本鬼子、日本鬼子、日本鬼子・・・・・」

「うるさいなっ!!やるまえに、全部吐いたんだからいいだろっ!!」

「それにしてもひどいことを考えつくな」

「おまえが処分するのめんどくさくなって、俺に振るからだろうがっ!!」

「それにしてもひどい」

「ひどいひどいいうなっ!!飯がまずくなるっ!!」

フカヒレを持って入ってきたウエイトレスに、僕は北京ダックを追加注文した。

「あっ!!おまえなんていうことをっ!!」

「いいじゃねーかっ!!フカヒレとアワビと青菜とチャーハンじゃ、肉がねーだろっ!!大体北京ダックなんて安いんだから」

北京ダックは何故か日本では高級料理だが、中国ではそんなに高いものではない。

フカヒレや、アワビに比べれば全然安い。

「それにしても、盗っ人が吐かなければ本当にやる気だったのか?」

「なんで、俺が自分のもの盗んでもいない奴、拷問せないかん!!」

「まあ、そうだと思ったが、話によるとあの盗っ人、頼むから日本鬼子には俺を渡さないでくれ!!と泣いていたそうだぞ」

「俺は、あの盗っ人がかわいそうだから、早く吐くように、わざとえぐいこと言ったの。お陰で奴はあれ以上殴られも蹴られもせずにすんだからいいじゃねーかっ。おまえは仏様が、悪人を立ち直らせるために、鬼の姿で現れる事があるのをしらんのか?」

「ふ~ん」

80億の男はそういった後、少し考えるようにすると、急に真顔になって言った。

「まあ、俺の前ではいつも仏様の方でいてくれ。おまえの考える事は時にエグすぎるからな。俺が悪人であっても、仏の顔でいてくれ。立ち直らせなくていいから」

僕はフカヒレをすする80億の男の顔を見た。

「まあ、地獄行きがきまった奴に鬼の顔見せてもしょうがないからな。恨まれるだけだし」

ウエイトレスが北京ダックを持ってきた。

一羽の皮だけを、ナイフでそぎ落として皿に盛り合わせる。

「うん。そんなことは意味がない。このアヒルも、焼かれている間、仏様の顔がずっと浮かんでいたら、それはそれで納得して幸せな気分で焼かれていたと思うぞ。」

食べ終わって、80億の男が自分のカードで決済しようとすると、すでに今月の限度額を超えていて決済できなかった。

僕が「俺が払おうか?」と言うと、彼は財布を出そうとする僕を遮り、ウエイトレスに別のカードを渡すと、携帯でどこかに電話をかけた。

店を出ると80億の男は「寒くなってきたな。サウナいこうぜ」といった。

「おまえ、金ないじゃん」

僕がそういうと80億の男は「あるよ。心配するな」といって、ベンツを走らせた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

サウナにつくと、彼の会社のスタッフが札束を持って待っていた。

それを受け取ると、僕等はサウナルーム装備のVIP用個室にそれぞれ入った。

サウナにはいり、緊張に凝り固まった体をほぐしていると、担当の女の子がやってきた。

150センチちょっとの小柄な女の子だったが、力は強く、マッサージもうまかった。

「あのね、童話を話してあげる。昔々、小さなネズミと大きなゾウがいました・・・」

僕はまどろみながら、その話を聞いていた。

子供の頃、納得のできない事をされたと思っていても、大人になるとああしてもらってよかったと思える事がある。

目の前にいる人物が、仏の顔をした鬼なのか、鬼の顔をした仏なのか、それとも姿通りの存在なのか?

本当にそれがわかる時がくるとしたら、それは人生のすべてが終わったときなのだろう。

現実がどうあれ、その時が来るまでは結論は出さなくてもいい。


さして意味があるとは思えない童話は、今はまだ続いている。

僕にも。そして80億の男にも。

The End

NEXT 「僕とヘルニア友人とみゆちゃんと」

Uploads on coming monday!!
see you (^_-)

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2004.11.22

老人ボケの直し方(5)

悪魔系老人ボケ回復術で、食欲生命体ババリンとなってよみがえった祖母は・・・

一週間後の土曜日。

ほぼすべての準備がそろい、僕は新たに自分の借りたマンションへと引っ越しをしていた。

しかし若干足りないモノがあったので、実家近くのスーパーを回り、いったん実家に戻った。

実家には誰もいず、僕はカギをかけると、居間のとなりにある妹の部屋のベットで昼寝をすることにした。

するとしばらくして、玄関のドアが開き、誰かが入ってくる気配がした。すぐに襖が開く音がしたので、祖母が帰ってきたのがわかる。

靴を見れば、だれかいるのはわかるが、そこまでは気がまわらないのだろう。

僕がいるのには気づいていないようだ。

そのまま昼寝をしてると、一時間くらいして、チャイムがなった。

襖があいて祖母が出る気配がした。

やってきたのは叔父の一人だった。

一番良識のあるタイプの叔父で、流石に祖母をオヤジに預けてあるのが悪いと思っているらしく、様子を見に来たらしかった。

僕は面倒だし、「犬の母親」とまで言われた祖母がどんな反応をするのか確認したかったので、そのまま、妹のベットで息を潜めていた。

すると・・・・・

祖母は、すっごい勢いで、叔父にむかってしゃべり出したのである。

ついこの間まで、一言もしゃべらず、テレビと食事とトイレ以外は何もしなかった祖母が、叔父相手に昔のようにべらべらとしゃべりまくっている。

叔父も凄まじく驚いていた。

「お、おふくろ・・・・どうしたんだ?こないだ来たときは、何にもしゃべれなかったのに、すごいじゃないか・・・・」

やばい。

これは、やばすぎる(>_<)

せいぜい、ゾンビ+知能くらいに復活すればいいと思っていたのに、これでは正常人とまったく変わりない。

祖母の体の中で、メラメラと燃えていた憎しみの炎は、そのまま癒しの炎となって、彼女を完全復活させてしまったらしい。

えらいぞ!!俺!!

でいいのか???????


(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)


復活した祖母は以前のやかましさをとりもどした。

「あのばばあ、うるさくてしょうがない」

父親までがそう言い出した。

母親と妹に関しては、すでに祖母との激突が生じていた。

そんなある日、僕が実家でお中元でもらったそうめんをもらいにいくと、祖母以外は誰もいなかった。

しかも居間でテレビを見ている。

誰もいないときは、居間のおっきなテレビを見るようになったらしい。

すでに7時で、祖母は夕食もすませている。

僕は、途中で買ってきた、ケンタッキーフライドチキン6ピースを食べ出した。

部屋中に立ちこめるケンタッキーの匂い。

最近三年くらい食べていないケンタッキーフライドチキンだが、当時は月に一度はたべずにはいられなかった。

なんといってもケンタッキーフライドチキンは骨付である。

男たるモノ、野生を失わない為には、月に一度の骨付き肉摂取はかかせないのだ。

僕が背骨の所を丹念にかじっていると、視線を感じた。

その方向に目を向けると、一瞬祖母と目が合った。

僕は肋骨のあたりは好きなのだが、おしりの所とモモのところはそれほど好きではない。

そして5ピースまではなんとか食べられるが、6ピースは多い。

祖母にあげようかと思ったが、70歳過ぎた老婆が、夕食のあとこんなに脂っこいフライドチキンを食べるだろうか?

「おばあちゃん、食べる?」

僕は一応きいてみた。

目があったとたん、視線をそらし、黙ってテレビを見ていた祖母が言った。

「ん?そうだね。もらおうかね」

喰うのかよっ!!(>_<)

僕は尻のところと、モモのところを上げた。

ホットビスケット付きのセットを買ったので、それでもお腹一杯って感じだったのだ。

僕があばらの骨をカジカジしながらそっと見ていると、祖母はすごい勢いで、ケンタッキーフライドチキンを食べ始めた。

ムシャムシャ。

ムシャムシャ。

べろんゴックン。

食べ終えた(-_-)

祖母が僕の残ったチキンを見ているのに気づき、僕はあわてて残りのチキンをくわえた。

僕が食べるのを、ねっとりとした視線で見つめる祖母。

その視線は、まさに餓鬼道におちた餓鬼のごとき視線である。

これは・・・

これは・・・

これはすでに祖母ではないっ!!

そう、あえていうならばっ!!

これは・・・

食欲生命体ババリン!!(>_<)

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

食欲生命体ババリンと化した祖母の食欲は凄まじかった。

母がいうことには、ゴミ捨ての際、しばしば大量の鳥の骨が見つかるということだった。

僕は、ケンタッキーフライドチキンの話をしてあげた。

「イヤだわ。じゃあ、昼に自分でこっそりケンタッキーフライドチキンに買いにいってるのかしら・・・・一個とか二個の骨の量じゃないわよ・・」

70歳過ぎて、ケンタッキーフライドチキンにはまる老婆。

恐るべし食欲生命体ババリン!!

それから1ヶ月くらいして母が言った。

「最近おばあちゃんが、朝ご飯を自分でつくるって言い出したのだけど、何食べているのかと思ったら、毎日トースト二枚にたっぷりマーガリンつけたのと、でっかいソーセージを朝から五本も食べてるのよ!!」

朝から肉食。

しかも、30年前のグラハム・カーの「世界の料理ショー」のごとき大量の油脂類付!!

おそるべし70代!!

しかも老人ボケした、死にそうな老人から、食欲生命体ババリンになった祖母にはさらに恐ろしい変化がおこったのである。

35キロしかなかった体重がみるみるうちにふえつづけ、2年後には50キロ3年後には60キロ寸前まで回復(?)したのだ!!

まさに昭和の所得倍増計画ならぬ、平成の体重倍増計画!!

恐るべき、悪魔系老人ボケ復活術!!

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

だが、勢いを盛り返すに従い、家族からの祖母に対する苦情も増えて言った。

まさに逆渡鬼状態!!

「ババリンがさあ」

「ババリンの奴」

「ババリンたら」

呼び名も本人がいないところでは「ババリン」に統一されてしまった。

そんなある日、僕は、知り合いから大量の柿をもらった。

僕は柿はやわらかく、グジュグジュしたくらいなのが好きである。

もらった柿は恐ろしく甘かったが、堅めだった。

それでもおいしいので、3コ一度に食べたら、思いっきり下痢をした。

ん?

おいしい柿。

思いっきりな下痢。

おいしい柿。

思いっきりな下痢。

僕の中のランちゃん回路に灯がともった。

両親と妹はアメリカ旅行中で、あさって帰国の予定である。

フフフフ。

僕は翌日が休みなのをいいことに、朝からババリンだけがいる実家に8個の柿をもってでかけた。

「おばあちゃん、おばあちゃん。柿もらったから食べれば?一人じゃたべきれないからさ。」

「柿かい?」

「うん。ちょっと堅いのだけど、すごく甘いよ。俺なんか一度に三個も食べちゃった」

もちろん下痢したことは黙っていた。

「そうかい。悪いねえ」

ババリンは柿を受け取った。

「オヤジ達は帰ってくるの明日だっけ?」

僕はナニゲに聞いてみた

「うん?そうだったかねえ?」

ババリンの目が「ギラリ」と光った気がした。

僕は心のなかでニヤリとすると自分の家に帰った。

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

翌々日、顔を合わせた母はキレていた。

「アメリカど~よ?」

「アメリカなんてどうでもいいわよ!!」

そう言った母の腕に、かなり高価と思われる見慣れない時計がはまっているのを、僕は見逃さなかった。

母はつづけた。

「私たちが帰ってきて、ゴミすてようとして見たのはなんだったと思う?」

「またケンタッキーの骨?」

僕はとぼけて言った。

「違うわよ!!ベランダに出したゴミ袋からなんか妙な匂いがするんで、またなんかとんでもないモノ食べていたのかと思って、捨てるまえに見たら、おばあちゃんのXXXまみれのパンツがはいっていたのよっ(>_<)」

はははは・・・・・

「まったく、そんなもの、自分で捨ててきなさいよ!!って言いたいわよ。」

「で、またなんで?トシで、おしりの締まりが悪くなったのかな?」

「柿よ柿!!すっごい量の柿の皮が一緒にはいっていたわよ。いったいいくつ食べたかしらないけど、柿食べ過ぎて、お腹が冷えてトイレ行く前にもらしちゃったんでしょっ!!」

僕はいきなり催した便意に、あわててトイレにかけこもうとするも、間に合わずに漏らしてしまった祖母のあわてぶりを想像して笑いそうになったが、こらえた。

「柿?ああ、一昨日そっちにもっていったんだ。一人に2コくらいかなと思って8コもっていったけど・・・」

僕は素知らぬ顔をして母に言った。

「8個?」

僕はうなずいた。

「家には一個もなかったわよ。あの人、もしかして一晩で8個全部食べたのかしら・・」

僕でさえ3個食べてしまった柿だから、食欲にセーブのきかないババリンなら一度に8個はありえるかもしれない。

そして3個でも、あれだけの下痢なら8個ともなると、確かにトイレまで間に合わなかったかも。

それにしても70半ば過ぎた老婆が一晩で柿を8個。

恐るべし食欲生命体ババリン!!


(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

その祖母も3年前に息をひきとった。

朝、おきて、トイレにいこうとして、いきなりバタン!!とトイレの前で倒れたら死んでいたのである。

結婚して妹の二度目の出産の為、名古屋に一月ほど泊まりがけでいっていたとき、ババリンは毎日肉を食い、母が帰ってきた翌日、すでにドロドロ血になっていたババリンは、トイレを目前にして逝ってしまったのだった。

母親は「寝たきりなんかにならなくてよかった。きっとおじいちゃんが、これ以上迷惑をかけないように連れて行ってくれたんだね」と言った。

ババリン化してからは、テレビみながら昔のように大声で笑い、肉をムシャムシャと喰い、区の老人施設に週二度通い、一緒の人達の悪口を言って、本人的には楽しく過ごせたのだと(多分だけど)思う。

憎まれっ子世にはばかる。

81歳だった。

80過ぎてからも、毎朝食パン二枚にマーガリンをたっぷり塗って、ソーセージ5本食べていた食欲生命体ババリン。

業の深い人故、地獄の鬼の責め苦もきびしかろうと、僕は病院から戻ってきて、実家に安置された祖母の枕もとに、正宗の居合刀(もちろん模造)をおいてあげた。

鬼に襲われたら、この刀で鬼切って、くっちまいな。

居合刀で刃ははいってないけど、根性があればきれると思うよん(-_-)

祖母が元僕の部屋から出て行ったあと、この部屋に祖母がすむようになってから一度もこなかった人達がやってきて、そこらじゅうをひっくり返して、祖母の通帳を探していた。

僕はその姿を、冷たい目でみていた。

人間にとって必要なもの。

祖母は、最後にそれを僕に教えてくれたのだった。

The End

NEXT 「円海@日本鬼子裏天使」

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2004.11.15

老人ボケの直し方4

老人ボケに陥った祖母を復活させる悪魔系の秘法とは・・・・

僕のマンションはは、実家から1駅離れたところに確保できたのだが、中国からおくった荷物は、まだ当分つかないことがわかった。

仕方がないので、とりあえず休日にはカーテンやらキッチン、バスルーム関連の物などを買い、ベッドや洗濯機を、注文したりしていた。

祖母は5日ほど入院していただけで、帰ってきた。

僕は、まだ、母親の友人のアパートに住んでいたので、食事と洗濯とお風呂は実家の世話にならなければならない。

従い、会社から戻ってから、毎日数時間祖母を観察することができた。

祖母はほぼ一日中テレビをつけて自室にいる。

笑いやらなにやらが聞こえたりはしないので、(昔はよくテレビ見て笑っていた)実際に見ているのかどうかはわからない。

食事は一緒の時間にするが、床に直接はすわれないので、キッチンのテーブルに一人座って食べる。

だから皆と話すこともない。

わかった。

僕が思うに、祖母のボケは、脳に対する情報のインプットが極端に少ない為におこっている。

多分彼女の脳は、テレビをつけることと、お風呂にはいることと、食事をすることと、寝るとき起きたときに、服を着替えることにしか使用されていない。

母が祖母に関する愚痴を言ったときに、僕はそのことをいい、「あのさ、犬とか猫をかって、おばあちゃんに世話させたら?」といった。

愛情をもって世話をするモノを与えることで、脳の働きを活発化させようという作戦である。犬を飼えばお散歩にもいかなければならず、祖母の運動になるではないか。

「うちが、犬や、猫かえないの知ってるでしょ」

それはそうだった。

さて、どうするか・・・・

祖母はもともと、戦闘的な人間だったはずだが・・・・

人の心を動かすモノ。

それは愛。

そして・・・・・

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

翌日の夕食。おかずは豚肉の生姜焼きだった。

「あ、俺テーブルで食べよ!!」

僕は正座はできるが、アグラが苦手である。

従い、足を伸ばせないお膳での食事は苦手なのだ。

僕は祖母とともに、ダイニングテーブルについた。

居間のテーブルからは、こちらは見えない。

僕はすごい勢いで自分の分を片付け、ご飯を少しだけ残した。

そして、ゆっくり食べている祖母のお皿の、豚の生姜焼きを一切れゆっくりと取り上げると、ご飯と一緒にムシャムシャと食べた。

祖母はゆっくりと視線を僕に向けたが、その目にはなんの感情も感じられなかった。

僕はニヤリとすると残った味噌汁をごくごくと飲み、「ごちそうさま」といってダイニングテーブルを離れた。

そう、祖母はもともと勝ち気な性格である。

人の心を動かすモノ。

それが愛や、感動であればそれに越したことはない。

しかしそうでないならば・・・・・

怒りと憎しみ!!

これしかない


(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)


翌日。

再び僕が祖母のおかずを盗むと、はじめて祖母は小さな声で「あっ」といった。

僕はニヤリとして、元気よく「ごちそうさま」というと、お風呂にはいった。

その翌日。再び食事の時間。

祖母はこれまでとはまったく違った。

食事中、視線をまったく僕から放さない。

僕が食べ終わりそうになると、腕で自分の残りのおかずを隠そうとする。

僕は祖母のおかずを盗めないのを承知で箸をのばし、ブロックされると「チッ」っといって、テーブルを離れた。

さらにその翌日。

祖母はやはり僕に視線をすえたまま、夕食を食べる。

しかも僕にまけないような早さだ。

そのうえ、おかずを優先的に食べている。

僕が全部を食べ終わったとき、祖母の皿に残っていたのは、付け合わせのキャベツと味噌汁、ご飯が少々。

僕がテーブルを離れるとき、祖母がニヤリと笑った気がした。

会社で中国から送った荷物の通関がすんだという報告をうけて、僕は借りたマンションにすべておくってもらうよう頼んだ。

あさっての午前中には届くという。

出社した父が僕を呼び止めた。

『おい、おばあちゃんが、俺が出るとき玄関まで来て、「ちょっと聞きたいのだけど円はいつ頃引っ越すのかね?」と言ってたぞ。ばあさんがウチに来てから、俺に話しかけるのは初めてだな。』

なんと。祖母の精神活動は、孫に夕食のおかずを盗まれることで、急速に活発化しているらしい。

「荷物があさってマンションに来るから週末には引っ越しするよ」

夕方、僕が実家に戻ると、丁度祖母がトイレから出てきたところだった。

僕はすれ違いざま、祖母の喉に向かって、「ぶっちゃっ!!」と言いながら、往年の名レスラー、アブドーラ・ブッチャーの必殺技、地獄突きを見舞った。

もちろん実際は喉をなでたくらいのモノである。

だが、祖母の反応はすごかった。

僕をにらみつける視線には怒りというより、怨念の炎が燃えているようだった。

僕はニヤリと笑うとキッチンへ向かった。

その日の夕食はすごかった。

祖母は信じられない早さで食事をかき込んでいった。

もちろん僕を怨念の炎がもえさかる視線でにらみつけたままだ。

食事が終わるのは僕よりも早かった。

僕の後ろをとおって、流しに皿をおくと、僕の背中に肘をぶつけて自分の部屋に戻っていった。

母親が「あら、おばあちゃんはやいわねえ」と驚いたようにいった。

祖母の心は怨念の炎で燃えさかり、動くことのなかった脳はすごい勢いで回復していったのである。


(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

翌日母親が『おばあちゃん、夜ごそごそやってるから、部屋のぞいたら、引っ越ししてからの荷物開けてあれこれいじっているのよ。「何してるの?」って言ったら「あたしもここに来て大分立つから、荷物もかたづけなきゃね」とかいうの。いままで万年床でテレビ見るだけだったのにどういう風の吹き回しかしら。』

その日の夕方、僕と祖母はにらみ合いながら、すごい勢いで夕食をすました。

僕の方が少しだけ早かったが、休みなく箸を動かす祖母のおかずを盗む事はできなかった。

席を立つとき、僕は祖母にいった。

「明日荷物が来るけど、ベットや洗濯機は来週の中頃だから、それまでは来るからな」

なんという立派な孫なんだろう!!

痴呆になった祖母を復活させるために、見事なヒール(悪役)っぷり!!

翌日荷物が運び込まれると、僕は速攻で整理をはじめた。

洗濯はできないが、食事は外で買うか外食すればいいし、お風呂も入れる。

そうだ。あれを取りにいかなければ。

実家の僕の部屋の袋戸棚には、月刊化されてからのオカルト雑誌『ムー』が五年分とってある。

たしか創刊号は二万円で取引されていると、当時どっかで読んだ。

創刊号ではないが、五年分そろっているので、それなりにはなるだろう。

それにファーストガンダムがテレビでやってたころのアニメ雑誌「OUT」。

なんと「セイラ・マスのヌードピンナップ付」の号だ!!

一体いくらになるんだ・・・・

日曜日、妹が家にいたので、自分で荷物を取りに行き、妹に車で運んでもらうことにした。

「おばあちゃんゴメンよ」

僕はそういって、元僕の部屋。今、祖母の部屋を開けた。

そして、押入の上にある袋戸棚をあけると・・・・・

ない・・・・

一年づつ、紐でくくった「ムー」も、月刊「OUT」他、妖しげな雑誌類も、宇宙戦艦ヤマトや、エルガイム、イデオン、ガンダムのロマンアルバムも、全部なくなっている!!

かわりにあるのは、あきらかに祖母の荷物!!

布団の上に座ってテレビを見ている祖母に僕は聞いた。

「おばあちゃん、ここにあった本とかは?」

「捨てた」

まさか・・・・

確かに祖母は歳の割には長身で、台を使えば、袋戸棚の中をいじるのは可能だろうが・・・

「下のゴミ捨て場に?」

「そう」

僕はあわててゴミ捨て場に走った。

ゴミは土曜日にもっていかれたらしく、何もなかった。

くっ!!

まさか、あの老婆に袋戸棚のモノを捨てるだけの力があるとは・・・・

小分けにして運んだとしても、本だから、20キロや30キロはあるぞ・・・・

それにしても・・・・

コノウラミ・・・・

コノウラミハラサズオクベキカ!!


僕の心にも怨念の炎が燃えさかっていった。

To be continue.

Uploads on coming monday!!

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2004.11.07

老人ボケの直し方(3)

そして口に出すのもはばかれるビラビラ事件がおこった


とりあえず妹のベットでごろんと横になり家人の帰りを待つことにした。

大体母の友人のウチといっても、近所にあるのはわかってるが実際どこにあるかとなると、ちっともわからないし、僕はパチンコなんかもやらないから、駅で買った三冊くらいの週刊誌をめくりながら、皆が帰ってくるのを待つしかないのである。

夜、夕食を食べてから、アパートに行くと、そこは6畳一間に板の間のキッチン。

荷物は洗面用具と普段着が、サムソナイトの一番でかいスーツケースに入ってるだけで、船便の家財道具がつくまでは他にないし、まあ、いっか。

大学の時の合気道の先生も「人間立って半畳、寝て一畳」って言ってたし。

実家から借りた布団を敷き、寝ることにした。

隣は30代の独身女性が住んでいるときいたけど、9時頃帰ってくるドアの音がしたきりで静かなものである。

もちろん僕の部屋も静かだ。

なんたってテレビもラジオもその他諸々何もない。あるのはサムソナイトのスーツケースと実家からかりた布団だけ。

これからは、出張のない限りずっと日本だ。

なんてしあわせ。

コンビニは開いていて、僕の好きなチーズ、牛乳、スナック、カップ麺。なんでもある。

なんでもあるだけではなくて、24時間いつでも好きなときに買えるのだ。

水道の水はいつもきれいで、砂が混じってることなんかあり得ないし、当然そのまま飲める。

日本で生まれて日本で育った若者よ。

これがどんなに素晴らしい事かわかるか?

わからないで卒業式に国旗掲揚するななどと言ってる奴は、一度インフラ0のアフリカあたりの国にでもいって、その日一日の水を確保するのに2時間もかけて水場にいく生活をしてから言うように。

国がなけりゃ、(或いは国がすすむべき方向性を間違えれば)インフラなんて存在しなくて、動物のように飲み食いするだけのために、人生の大半を費やさねばならないのだからね

その辺の事も考えてモノ言うように。

最初の二年間、私と一緒に合弁会社を立ち上げた合弁相手の社長が、コーヒーフィルターで濾さないでお茶やコーヒーを飲んでいたため、日本に帰って人間ドックはいったら内臓が砂だらけだったなんてこともない。

夜中の2時にいきなり電話でたたきおこされ「もしもし」というと、客にあぶれた売春婦のおねえさんが「ねえ、私今、ヒマなの。そちらのお部屋にいって一緒にビデオみてもいいかしら?」なんて言ってくることもない。

(ホテル住まいだったころはしょっちゅうあった。馬鹿野郎~俺は旅行中の台湾人とは違い、公安の依頼受けたホテルの連中が24時間体制で監視してるんだよお~。おまえなんか部屋入れたら30分もしないうちに公安のガサ入れくらうんだよお~)

安全な国日本。きれいな国日本。ああ、日本人に生まれてよかった(^-^)

そんなことを考えてたら3時過ぎまで眠れなかった。

でも朝は5時に起きたね。

嬉しくてではない。

この部屋は隣の部屋と面した一面のみが、すべて壁で、その向かいはキッチン。

で、他の二方が夏に風が抜けるように、窓がある壁なのだ。

日の出とともに、カーテンのない僕の部屋も屋外同様明るくなった。

とても寝てはいられない。


(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)


翌日、家族の祖母に対する不満をめいっぱい聞かされた。

「このままじゃ寝たきりになっちゃうので、散歩くらいはしなさいというのだけど、毎日布団に寝たきりでぼおっとテレビを見ている」と母。

でもあの妖怪みたいな年寄りが外歩いていたら、世間的に大迷惑かと。

『仕事が遅くなって10時過ぎに帰って来て11頃お風呂入るとチッ!!とか部屋で舌打ちして、次の日おかあさんに「XXはもっと早くお風呂に入れないかねえ。夜中にうるさくてしょうがない」などと文句を言うのよ(>_<)』と妹。

父は、月の半分くらいは出張だし、日本にいても、接待があったり、早く仕事が終わればパチンコにいってしまうので、とりあえず被害はないようだった。

しかし一番笑ったのは母の話。

「医者につれていってくれというので、連れて行ったら、なんて言ったと思う?ビラビラ(大陰唇のことらしい)がおっきくなりすぎて、歩くと擦れて痛いからなんとかしてくれっていうのよ(>_<)」

祖母は70歳を越えているはずである。

ビラビラがおっきくなりすぎてって事は、祖父が死んでから、独り身の寂しさで、毎晩オナニーにふけってしまい、でっかくなっちゃったんだろうか?(笑)

「で、調べてもらったの?」笑いをこらえながら僕は言った。

「お医者さんも、そういわれればしょうがないから、調べたわよ!!」

70歳をとっくに過ぎたばあさんが、産婦人科の診察台に股広げるところを僕は想像した。中学校のころ、男子の半分は、できるなら産婦人科医になりたいと思っていたはずで、僕もそのクチだけど、ならないで良かったよん。

「で、やっぱおっきかったんだ。やることないから毎日オナニーでもしてたんじゃない?」

『そんなわけないでしょ!!「お母様の大陰唇はごく普通で、歩くと擦れて痛いというのは・・・」って笑われたわよっ(>_<)』

ゲラゲラゲラ(^O^)


「きっとあの人は、もう食欲と性欲と睡眠欲以外のものが麻痺してるのよっ!!だから70過ぎてそんな恥ずかしい事を口走るんだわ!!恥ずかしいったらありゃしないっ!!」

って、その人は貴方の実母なんですけど(^_^;)

「別に望んで生まれた訳じゃないわよっ!!」

そんな10代や20代の娘が言うような事を50過ぎて言わなくても・・・・

『うるさいわね!!あんただって、70過ぎた実の母親が医者に「ビラビラがおっきくなっちゃって、こすれて痛くて歩けません」って言うのを聞いたら、私がどれだけ恥ずかしい思いしたかわかるわよ!!』

って、その時そういうエロなんだかグロなんだか良くわからないこと言う立場になるのはあんたでしょ?

「くっ・・・・」

まあ、家族の不満はかわいそうといえばかわいそうである。

僕は5年間の中国暮らしで、使い道のない金がけっこうあったので、祖母に5万円ほどお小遣いとしてあげた。

「おばあちゃん、これで服でもかいなよ。いい服かったら、お出かけするのも楽しくなると思うよ。」

なんといい孫だ。

まあ、巨大ビラビラという素晴らしく面白い話きかせてもらったからって気持が大半だったけど、僕を可愛がってくれた祖父も、きっと喜んでくれているに違いない。


(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

アパートは二ヶ月くらいはいてもいいということなので、僕は有給休暇をとってパラオでダイビングする手続きを旅行会社に頼み、とりあえず不動産屋にいくことにした。

日本で部屋を借りたことがないので、我が友チヒロに付き合ってもらった。

「えっと、マンション借りたいんですが」

不動産屋のオヤジがいぶかしげな顔で僕等を見た。

「二人?」

「いえ、一人です」

オヤジがばさっと資料を出してきた。全部ワンルームだ。

「あのお~2DKか、2LDKくらいを考えているんですが。」

「なんでっ?!なんで一人でそんな部屋が必要なの?!」

オヤジは何故かキレていた。

当然、(今よりは)若い僕もキレた。

「あのねえ、申し訳ないんですけど、私、大学出てから、ずっと海外住まいでようやく日本に帰って部屋探しに来たわけですよ。日本じゃ一人暮らしはワンルームなのが普通かもしれないけど、海外暮らしが長かった私としてはあの狭さは耐えられないんです。それなりの稼ぎがあるから、そのお給料で借りられる範囲の2DKか2LDKの部屋さがしてるんだけど、問題あります?」

中国に住んでいたということは言わないでおいた。

「いやあ、そうでしたか、最近若い人が大きな部屋かりて週末パーティを開いて、その金で家賃払うっていうようなことが増えていて、そうなると苦情なんかで大変なんで・・・」

「じゃあ、事情がわかった今は問題ないですか?」

「はい。探させていただきます。とりあえずこちらなんかは・・・」

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

結局あれこれ探すこと一週間で、翌月から住む部屋を借りることができた。

で、出社を来月からにしてもらい、船で送った荷物がつくまではヒマなので二週間をパラオでスキューバダイビングして過ごすことにした。

ホテルについているレストランがチャイニーズレストランなのには閉口したけど、頼めばダイビングショップの人が食事につれてってくれるし、キッチン付の部屋だったので、近所のスーパーで、アメリカ製の缶詰やらなにやらの食材を買って自分で料理することもできた。

ラブロマンスこそなかったが、4月に休みとれる人は日本ではまずいないので、お客さんも少なく、何日かは貸し切りのような状態で毎日3本潜ったので、ダイビングの腕もなんとかサマになるようになった。

僕は満足して真っ黒に日焼けして日本に帰ってきた。

荷物をアパートにおいて、実家に夕食を食べにいくと、祖母がいなくなっていた。

「ん?俺がパラオいってる間に死んだの?」

冗談半分で母に聞いた。

「昨日入院したのよ」と母。

そしてゴミ袋をベランダからもってくると僕の前にドンとおいた。

「何?」

「見てみなさいよ」と母。

みてみると、ゴミ袋の中には、鶏肉やら、豚肉とかかれたシールが貼られたスーパーのトレイ。それにお菓子の袋、団子やら、どら焼きやら、その他諸々の食べ物の包装紙があった。

「あの人はねえ~あんたからもらった5万円で、こんなにお菓子やら肉やら買って、しかも冷蔵庫に入れると私にばれるから、私たちが帰ってくるころにはコッソリ自分の部屋に隠したのよ。で、昼間自分で料理して食べてたの。道理で最近お弁当が残ってると思ってたら、こんなことを・・・」

「それはわかったけど、どうして入院してるわけ?」

「冷蔵庫に入ってればともかく、常温の自室においておいたから、なんかが腐ってたんでしょ。酷い下痢して、お腹が痛いって騒ぐので、入院させてもらったのよっ!!あんたが、お金なんか渡すからだからねっ!!」

「そんなこといっても・・・」

「だからあたしが言ったでしょ!!あの人には、もう、食欲と性欲と睡眠欲しかないんだって!!あの人は歩く人間の三大欲望なのよっ!!」


(-_-)(-_-)(-_-)


何度もいいますけど、それってあなたの実母なんですけどね。


To be continue.

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2004.11.03

老人ボケの直し方(2)

妖怪か?人間か?五年ぶりに日本に戻った僕を襲う恐怖・・・


祖母が実家の僕の部屋にひっこして1ヶ月。

父が中国にやってきた。

「おじいちゃんが死ぬ時、頼むっていったのはしってるけどさ~。なにも律儀に引き取らなくてもいいんじゃない?子供6人もいるんだからみんなでお金出して老人ホームとか入れちゃえば」

可愛がってもらった記憶のない孫は薄情である。

まして自分の部屋が犠牲になるとなればなおさら。

でもこれも因果応報。

孫を可愛がっていれば歳を経て孫から大事にされ、孫を可愛がらなければ、道ばたでみかけたホームレスの人よりはちょっとマシな扱いである。

『でもなあ、おまえ、入院してるおばあちゃんをどうするかであの家が会議したときのこと知らないだろ?おばあちゃんが「私の子供達は何にもしてくれない」ってほかの患者さんに言っていたという話をきいて「ケッ!!俺達を育てたのはオヤジとXXちゃん(子供のころの住み込みのお手伝いさんらしい)じゃねーかっ。お袋なんて犬っころと一緒で、俺らを産んだだけだろ」って兄弟そろって言ってるんだぞ?まあ、ああいう人だから子供にも孫にもすかれていないのは当然としてもだなあ・・・・俺は思わず、ウチで引き取るっていっちゃったよ』

「お袋なんて犬っころと一緒!!」

流石の僕もこれには言葉を失った。

まあ、母方のおじさん達は父方とは違って、まっとうな人たちだし、そういう人達が良く言わないのは当然といった性格の祖母だが、「犬っころと同じ」はちょっと酷すぎでは・・・・・

ある意味、まさにサンノブザビッチ!?

「まあ、そういう事なんで、おまえの部屋は譲ってやってくれ。といっても、もう使っちゃってるけどな」

(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)

そして1年。

ついに僕は5年間の中国での勤務を終え、日本に戻ることになった。

家財道具は20フィートコンテナで日本におくる手配をして、ファーストクラスで香港を経由して帰国した。

荷物が通関切って引き取れるようになるには1ヶ月以上かかるのでそれまでに住処を見つけなければならない。

当面は実家の近くの母の友人の家の二階二部屋がアパートになっていて、一部屋空いてるということで、1ヶ月だけ敷金とか礼金なしで住ませてもらうことになっていた。

香港で一泊して、午前中の日本行きに乗ったので、家には3時頃についた。

チャイムを鳴らすとドアが開き、やせ細った化け物のような老婆が顔を出した。

祖母らしい・・・・・

あるいは『恐怖新聞』に出てきた悪霊?(顔が似てた)

僕の記憶にあるのはでっぷりと太った体格のいいババアなのだが、凄まじくやせ細っている。

しかし、顔にはわずかに面影が・・・

うっ・・・よかった。ウチが狭い家で・・・

俺の部屋がなくて良かった。

こんな妖怪みたいな生き物が生息してる家には住めない。

っていうか、悪霊でなければ幽霊が出る家のほうが、数倍増しと思えるような妖怪ぶりである。

当然こんな時間には家には他に誰もいない訳で。

僕が部屋に入ろうとすると祖母が言った。

「どなた様ですか?」

「円だよ(^_^)」

「はあ?」

「円だよ(^_^;)」

「はあ?」

「円だよ(-_-)」

「はあ?」

ファーストクラスに乗ってきても、疲れるものは疲れる。しかも僕は5年もの月日を中国にささげ、ようやく今、日本に帰ってきたのである。

中国語なんかしゃべらなくても意志が通じる母国に帰ってきたのだ。

なのに・・・・・

自分のウチにはいるにも、日本語が通じてね~じゃないかっ!!

はっきり言ってキレた。

「おまえの孫の円だよ!!ψ`▽´ψ」

僕はスーツケースを玄関において、家に上がった

「孫?おまごさんですか?」

祖母はあわてた様子もなく、ぼお~っとした表情で僕を見ていた。


ばあちゃん、あんた思いっきりボケてるよっ!!

To be continue.

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