Main | March 2004 »

2004.02.26

いい年した男が三人でーその3-

僕の体を、人生最大の快楽が突き抜けたあと、
ぼくは、トイレにいき、自分のパンツの中の状態を
確認した。

幸か不幸か、実はでていなかった。数日間
食事らしい食事をしていなかったので、汁(?)
はでていたものの、
いい年をして「おもらしさん」にならずにすんだ訳だ。

安心した僕は、とりあえずパジャマ一式とパンツを
脱ぎ、洗濯機に放り込むと、シャワーを浴びた。
体はヘロヘロだが、さっきのような叫びたくなる
痛みはない。だけどこれは、ヤバすぎる感じだ。

そのまま眠りについたが、翌朝、目を覚まし、なんとか
病院までいけそうなのを確認すると、こういうときの為に
買っておいた、内科レジデントマニュアルを開いた。

胃けいれんにしては上半分っていうのはおかしい。
レジデントマニュアルを見る分には、肝臓が腫れてる
気がするし、何よりも胆石などの「石」の可能性は
否定しきれない。

数年前、吐血状態にまで至った十二指腸潰瘍を
病院にいかずになおした僕だが、ここはおとなしく
主治医にすがる事にした。

電話をすると、主治医は今日、内科の救急で
診察してるので、すぐ来るようにと言う。
僕はラッシュ時間がおさまるのを待って、病院に
むかった。
僕の顔を見て、主治医は「どうですか?」という。

「いや~死にそうという程ではないですが、結構
キツいです」
「ちょっとお腹を触診してみましょう。・・・ん?ここ
痛いですか?」
「はあ」
「血液検査しましょう。検査の結果が出たら改めて
診察を」

そして一時間後
「肝臓と膵臓の数値に著しい変化がみられます。
CTスキャンを。状況によっては、消化器の専門医に
引き継ぎますから。」

内科救急から、内科にまわされた僕は、とても親切な
対応を受けた。
消化器の専門医が来るまで、「この肝臓の数字じゃ、
座ってまってるのはつらいわよね」と、ストレッチャーに
寝た状態で待つことを許されたのだ。
体は楽になったが、全体としてはヤバすぎる感じだ。
消化器の専門医が来て、状況をきき、触診をした。
他の医師と話している間、僕はうつぶせになって
ストレッチャーで待った。

戻ってきた消化器の専門医はうつぶせになっている
僕を見て言った。
「そのほうが楽なのかな?」
「ええ、まあ」
「膵臓と肝臓が炎症をおこしています。膵炎だね。
そうやってうつぶせにしてると、楽なのは、膵炎患者の
特徴だし。入院になるから。数日は点滴だけ」

入院中、僕の担当になるレジデントの医師がきて
再度問診と触診をし、点滴の指示をした。
看護婦さんがやってきて、その日僕がはじめて
口にしたウーロン茶を、「申し訳ないけど、胃を
刺激すると、また痛むんで」と没収した。
「飲み物もダメなんですか?」と僕。
「ええ、数日は点滴だけです。飲み物も食べ物も、いっさい禁止です」

こうして僕は病院に収容されることとなった。
モトちゃんの足首にヒビがはいってから5日後の事だった

だが、その時は知らなかったのだ。
モトちゃんの足首にはいったヒビは悪化し、僕同様、
入院して、ボルトを4本も入れられることになっていて、
ヘルニア友人は父親が危篤状態になってた事なんて・・・

そう、僕等三人は厄年に突入していたのだった

(To be continue)

| TrackBack (0)

2004.02.22

いい年した男が三人でーその2-

モトちゃんの足に、ヒビがはいった翌日の木曜日。

僕は自分の体に、異変を感じた。
食事をすると、食べたものが胃にずっととどまったままで、
なかなか胃から、出て行かない気がするのだ。

今はめでたく完治したのだが、半年前まで、僕は10年を
軽く越す年月を、十二指腸潰瘍に悩まされて来た。

だから胃酸の類は、常にたっぷりで、胃の消化が悪い
なんて事は、一度もなかったのだ。

金曜日、僕の食事は、昼にコンビニで買ったサンドイッチ、
夜はビスケットにポカリスエットだけになった。

土曜日は会社にいったが、仕事にならず、サンドイッチ
を二時間かけて食べた。

日曜日は紅茶とビスケットを少量食べただけで、月曜日は
流石に会社を休んだ。

紅茶を飲むとちょっとは楽になるのだが、午後になって
紅茶を飲むのも苦痛になってきた。
固形物は食べる気がしない。いつまでも胃に残って、
いや~な感じがするのだ。

しかもこの日、尿がショッキングなまでに、オレンジ色になってしまったのだ!!

主治医の「何かあったらすぐに連絡するように」という
言葉が頭をよぎった。

「何かあったら」ではない。これは明らかにありすぎだ。
しかし、仕事で五年間中国で過ごした過去を持つ僕には、
強烈な医者への不信感がある。
なんてったって、中国の漢方医に、十二指腸潰瘍で
下血までして8キロも痩せてヘロヘロになったのに
「腎虚」という、こっぱずかしい誤診を下された事があったのだ。

しかもこのときは会社中に「ヤリすぎだってよ・・・ププッ」という噂がとびかった。

ヤリすぎどころか、当時、僕の降格を狙う、
中国側の一部役員に、寝首をかかれないように、
京都の坊さんよりも、はるかに禁欲的な生活を
おくっていたこの僕がだ!!

そしてその日の夕方、やるせない痛みが僕を襲った。
左の腰が痛いのだ。おまけに食道と胃の境目が引きつる
ような感じだ。死ぬほど痛いのではない。だがかなり痛い。
救急車を呼ぶほどではないが、我慢も限界まであとわずか
という、なんとも中途半端な・・・・・

「どうなっとんじゃわりゃあ~っ!!」僕は一人で
叫び続けた!!何度も何度も叫んだが、もちろん痛みは
ひかないどころか、ますます酷くなる。
そして、その痛みが、ピークに達しようとする夜9時頃、
ついに体の痛みが耐えきれないレベルに達したのか、
ベットに横たわる僕の脳は、いきなり、たとえようもない快楽に満たされた!!

「ああ、脳内麻薬だ。これは脳内麻薬が噴出したからに違いない。この快楽。みんなに教えてあげなくちゃ・・・・」

ぼくの心は幸福感に満たされ、痛みにこわばった体は一気に脱力した。

そして・・・・

ボクハ ダップン シタ

そう、僕は脱糞してしまったのだ(-_-;)

幼稚園の頃も、小学生の頃も遙か記憶の彼方に去って
しまっているというのに・・・・

(To be continue)

| TrackBack (0)

2004.02.19

いい年した男が三人でーその1-

大学時代からの友人が椎間板ヘルニアで自宅療養になった。
その友人から、ある日僕の携帯にメールがきた。
「モトちゃんが、足、骨折したらしいよ」

他人の不幸は蜜の味。大学時代「悪魔」とまで呼ばれた僕は,
速攻でモトちゃんのうちに電話をかけた。

電話にでたのは奥さん。
「モトちゃん、足の骨折ったんだって?」楽しそうに尋ねる僕に、
「えっ?なんで知ってるの?今、病院から帰ってきたばっかり
なのに!!」と、ちょっと驚く奥さん
「はは。僕にも色々と情報網があって・・・・・・」

情報網も糞もない。単に21世紀日本の携帯文明の成果だ。

「まあ、いいや。なんでもないところで転んで、足にひび
はいったのがショックみたいで。年なのかしら。動けないん
ですよ。今ベットにいます。フフフ」

奥さんの微妙に楽しそうな「フフフ」。動けないモトちゃん。
僕はナニゲに昔見た映画『ミザリー』を思い出した。

こういうときに備えて、モトちゃんは普段から奥さんを大事に
しているのだろうか?
結婚記念日と奥さんの誕生日には、きちんと花束くらい
あげているのだろうか?

だとしたら、亭主の不幸をおもしろがるような、この笑いはなんなのだ?

モトちゃんの奥さんは、僕と同じB型だが、血液型だけではなく、
性格も僕と同じB型悪魔系なのだろうか?

動けないのをいいことに、奥さんが外出する間、無理矢理
成人用おむつをつけさせられるモトちゃん

「おでん食べさせてあげるね」と口元まで運んでもらうが
激熱で唇も口内もやけどするモトちゃん

「ウーロン茶のませてあげるね」と言われるも、
2Lのペットボトルを、無理矢理口につっこまれ、
溺死しそうになるモトちゃん

まさにドメスティック・バイオレンスの嵐だ。

電話の向こうで、「フフフ」という、笑い声一つで、
とんでもない妄想が繰り広げられているのも知らず、
寝たきりになった亭主の実況レポートにはげむ奥さんに、
僕はモトちゃんに代わってもらうよう頼んだ。

「電話とどくかなあ~(コードレスじゃねーのかよ!!)。
 携帯にかけてくれっていってますよ」
「イヤだ。携帯代高いもん」
「しょうがないな~」ガサゴソ

「よお~」モトちゃんだ!!

「足にヒビはいったんだって?」
「いやいやいや、なんかちょっと、ひねっただけなのに、
ヒビはいっちゃってさあ~。今日は仮ギブスみたいなの
つけてもらって、明日ちゃんとしたの、つけてもらう
予定なんだけどさあ~。いずれにせよ、車はしばらく
使えないから、仕事も休みだわ」
「お気の毒。でもまあ、ずっと忙しかったから、この辺で
ゆっくり休養とって、奥さんの愛情を堪能してよ」
「ははは。そうするかなあ~」

とりあえずドメスティック・バイオレンスの嵐は吹きまくっていないらしい(当然だ!!)

安心して(?)電話を切った僕は、携帯をとると、
ヘルニア友人と、僕等の共通の友人のミユちゃんに、
メールを入れた。

「モトちゃん、足にヒビ!!三本目以外立たず!!」

だが、そんな僕にも、モトちゃんの不幸を、はるかに
凌ぐ不幸が、ヒタヒタとせまって来ていたのだった。

その時は、知らなかったのだけど。

(To be continue)

| TrackBack (0)

Main | March 2004 »